鬼は内

 清水友邦さんのFacebook投稿を紹介します。

こちらは、何度も読み返し、自分に刻み込みたい珠玉の内容です。

自分のために、記録させていただきます。

いつも、ありがとうございます。

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鬼退治のプロセス

第一段階は世界を分けて外側に敵を作って鬼を追い払おうとします。

第二段階は外側に鬼がいるのではなく鬼は心の中にある事に気がつきます。

第三段階は心の中の鬼を追い出そうと努力します。

第四段階心の中の鬼は実体がなく自分が作り出している事に気がつきます。

第五段階は鬼と福の境界が消えて全体とひとつになります。


東北は昔、日高見国と呼ばれて1000年以上独立をたもっていました。

征服されると抵抗した東北の先住民は悪い鬼にされてしまいました。


かつての日本列島は隼人(ハヤト)熊襲( クマソ)肥人(クマビト)土蜘蛛(ツチグモ)国樔・国栖(クズ)八束脛(ヤツハカギ)佐伯(サヘキ)古志(コシ)粛慎( ミチハセ)蝦夷・毛人(エミシ)など数多くの異なった言語、文化、生活習慣を持った集団で構成されていました。 


民族を土地に長く住み、土着の固有の言語と文化を保持している人びとと定義すると、2万年以上続いた旧石器時代と一万六千年続いた縄文人こそ源日本人です。


日本人を日本国籍を持っている人と定義すれば日本人とは日本国憲法ができてからのことなので時代的に新しいことになります。


大和民族は明治になってから明治政府が作った概念です。

日本国とは概念であり昔はなかったのです。


国といえば薩摩や津軽などの藩のことを指していて、藩を越えると風俗習慣も異なり、言葉が通じない外国でした。


麻生太郎神道政治連盟国会議員懇談会名誉顧問が「2000年にわたって同じ民族が、同じ言語で、同じ一つの王朝を保ち続けている国など世界中に日本しかない」と述べて顰蹙を買いましたが、昔から日本は単一の国ではなく異なった言語を持つ人々が住む多民族の国だったのです。


日本人とは個人を抽象して一般化した実態のない概念なのです。


母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体を調べてみると日本は混血であることがはっきりしています。


日本人にネアンデルタール人のDNAが2%入っています。日本人の血液検査をしても日本人というDNAはないのです。


血を何万年もさかのぼれば日本人、中国人、朝鮮人、はては西洋人と東洋人も消えてしまいます。


母系を遡れば一人の女性にたどり着きます。地球に住む人々は皆兄弟姉妹なのです。


自分の属する文化・民族・国以外の文化を否定的に判断したり、低く評価したりする態度をエスノセントリズム(自文化中心主義)といいます。


ヘイトスピーチは思考の罠にはまっている状態です。


私が住んでいる東北は昔、蝦夷(エミシ・エビス・エゾ)と呼ばれ、天皇に従わないので大和朝廷と異なる言語、風俗、習慣、価値基準を持っていた異民族とみられていました。


「蝦夷」の文字に虫がついていることからも分かるように、蝦夷という呼称は自ら名乗ったわけではなく、中央集権を築いた朝廷が、それ以前からの先住民に対して、劣った野蛮人としてみた名称です。


中央集権国家体制を整えようとしていた大和朝廷は「蝦夷」を制圧するために軍隊を動員して、何回も東北に侵略してきました。


当時の日本は大きく大和の国と日高見国にわかれていました。

縄文時代の東北は戦いのない平和な暮らしをしていました。


800年頃、大和朝廷は蝦夷(エミシ)征伐として坂上田村麻呂を大将として東北に侵入しました。


蝦夷征討を目的とした官位が歴代徳川家の称号の征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)です。


郷土に侵略した司令官の田村麻呂は神となり、侵略者に立ち向かった郷土の英雄たちは悪い鬼・山賊にされました。


先住民の族長「大武丸・大嶽丸(おおたけまる)」の生誕地が「鬼生田」で、その死骸が埋められた場所を「鬼死骸村」(一ノ関市真柴)と名付けられています。


鬼の首が飛んでいった場所は宮城県玉造郡の鬼首です。

坂上田村麻呂が征夷の記念に京都の清水寺をまねて岩窟に建立した達谷窟毘沙門堂が平泉にあります。


その縁起由来は蝦夷が領民を苦しめ悪事・乱暴を働くので田村麻呂が多聞天の加護で成敗したことになっています。


岩手の名の由来になったのが三個の巨大な花崗岩が立ち並ぶ盛岡の三ツ石神社です。

その縁起は昔、羅刹(らせつ)という名の悪い鬼が住民に悪事の限りを尽くしていたので捉えて大石に縛りつけると、二度と悪さはしないし、二度とこの里にはやってこないことを誓ったのでその約束のしるしとして、三ツ石に手形を押させて逃がしてやったので岩手となったのです。


八幡平市では山賊まつりという名前のイベントをしています。

鬼や山賊とは占領された側からすれば侵略者に立ち向かった郷土の英雄です。


大和朝廷の同化政策により蝦夷(エミシ)は文化を奪われてしまいました。

言語と神話・文化を失った民族は滅びてしまいます。


こうして、東北の人々は自分たちの先祖が誇り高い鬼だったということを忘れてしまったのです。


鬼を外に追い出してはいけません。

心が分離して余計に苦しみます。

鬼を含んで超えるのです。

ですから鬼は内です。


天河神社(奈良県天川村)の柿崎宮司は鬼の子孫です。

天河神社の豆まきは「鬼は内、福は内」です。


鬼は内、福は外と入れ替えることで自己執着に気づきます。

自己と他者という二元性の垣根を取り払います。

幸せも苦しみも非二元性の意識では存在しません。


鬼は内、福は外と唱えると幸福が逃げて自分が病気や不幸になるのではないかと恐れるかもしれません。


人々は自分の悲しみ、怒り、そして恐怖に触れることを恐れています。

もし、福と鬼を入れ替える事が出なければ、自己は一なる全体から分離したまま、その人は自己中心的な自我の葛藤の中で苦しみ続けなければならないのです。

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