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11月, 2022の投稿を表示しています

宇宙船交信用アンテナ?

 今日は、呼吸器外科の診察日 先日、胸骨の奥に何やら影が写っているということで、乳腺外科から紹介されてやって来た。 胸骨奥に臓器は存在しないとのこと。2センチほどの影。 私は、密かに、宇宙船交信用アンテナが埋め込まれているのではないかと推測したのだった。 診察前に、待ち合い室で瞑想しながら、待つ。緊張しているせいか、微熱が出ている。少し怠い。背骨を真っ直ぐにして、丹田に力を入れる。自分のセンターを意識する。 大丈夫。恐怖や不安は無い。落ち着いている。隣に夫も居るし、心強い。 ただし、もし、宇宙船交信用アンテナが機能しているなら、私の胸の内を聞いてほしい。 「そろそろ、そちらに帰してくれ。周りを納得させるため、病を利用するなら、どうぞそうしてくれ。でも、苦しいのや痛いのは、ごめんだからね。地球地上クルーは、もう卒業して、母船に一旦帰らせてくれ。」 二年前に、先に帰星した友人○○さんにも、声をかける。「今、そっちでどうしてる?そちらでもあなたは地球担当だそうですね。そっちからは地球はどう見える?私もそろそろ合流できるのかな。」 宇宙船交信用アンテナなら、きっと返信があるに違いない。「応答待ってるぞ。」 さて、いよいよ診察開始。 初対面の△医師は、若くて、柔軟そうな男性。丁寧に説明してくださる。 「あなたの、胸の影は、何と!宇宙船交信用アンテナでしたよ!なかなか珍しい事例でしてね·······」 とはならなかった。(笑) 胸腺腫という病気で、癌ではないけど悪性なので手術するとか。取れば大丈夫だが、再発もあるので10年様子を見ていく。まだ小さいので、胸に3ヵ所小さな穴を開けて肋骨の間に器具を入れて取るとか。もっと大きくなったら、取れなくなったかもしれないので、小さいうちに判明して良かったとか。手術は二時間くらいで入院も一週間程度。傷口は小さいので一週間で塞がる。肋間神経痛みたいな後遺症が年単位で残るかもだが、仕事してるなら、かえって治りは早いと。 △医師は、手術が好きなようで、説明する時に、ワクワク感が伝わってきた。あ~、この先生は、本当にこの仕事が好きなんだなあと感じた。こういうのを天職と言うんだろうな。 乳ガンの手術後1ヶ月したら、胸腺の手術をすることになったが、△医師の、のほほ~んとした人柄に乗せられて、エネルギー軽く診察時間を過ごすことが出来た。 診察が終わり、待ち

なかつくに

 人間として生まれたからには 人間としての役割があろう 思い出せ たまふり 魂を震わせよ それぞれに震えで、エネルギーが違う それを感情で味わうか あるいは 身体のどの部位で どのくらいの強さで 色や形や固さや温かさなどを感覚で受け取る 言葉にならぬ震えもあろう 様々に味わう 魂のふるえ 命のふるえ ふるえる存在 人間として生まれたからには 存分にふるわせよ たまふり ふりわけ 違いがうまれ 共にふるわせ ひとつにもどる ふるえを分かち合う時 己れは嬉しくはないか 笑みがこぼれないか 相手の顔が輝くのを見る エネルギーがまるく溶け合う 共にふるえる喜びを味わう それを知る ふりわけも大切な道のり 違いがあるから ふるえを共にする喜びも知る 必要な道のり どちらも必要 両方知ったなら そろそろ まるく響き合う時が きていやしないだろうか 人間として生まれたからには 響かせ合う 人と人と 人と自然 人と宇宙 あいだの存在 己れのふるえをもって繋いでいく 調和へチューニングしていく それは役割 中津国に 国津神と天津神がやってきたそうな なかつくに は あたたかく、受け入れたそうな まるく まぁるい エネルギーで 包み込むようにしてなあ 共に響きあおうとして 真ん中の存在として ······· それからの流れは 一側面で見れば、暴力的で破壊的でもあるが 何千何万の時は 瞬きのような、ひとくくり 知るために それぞれに 「ふるえ 」ることで 役割をふりわけたということだ 以上は 先ほど、朝風呂中に受け取ったエネルギーを翻訳したもの。私の解釈も入っているが、大まかにでも伝わればと思う。 今日は一日バイトの日に当たり、正直、面倒だな~。家に込もってノンビリ、ダラダラ好きな本でも読みながら過ごしたいなあ。あまり人に会いたくないなあと思っていたら、 「人間として生まれたからには、役割があろう。」と、ハイアーセルフなのか、守護する何らかの存在なのか、たしなめられたのが、上記のメッセージである。 私は特に、人に接する仕事が苦手で、窓口でいろんなエネルギーの方に接すると、怖いという感情が起きるのだ。例えば、私の作業が遅いと、イライラされたり、相手の伝えたいことがうまく飲み込めなくて、質問したりすると、「何ですぐ分からないんだ?」と、キレ気味になられたり。全員ではないのだが、思い通りになら

人の体験を尊重すること

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  昨日の出来事 バイト先で、せっせと本を書架に戻す仕事をしていた。 その最中、一人の職員さんから声をかけられた。 仮にBさんと呼ぶことにする。 Bさんは、昔、私が図書館で正職員として働いていた時の知り合いで、地域の別の図書館の館長だった。当時、図書館はとても忙しくて、区民からのクレームは病的なほどで、ストレスから心身の不調を抱えた職員は多かった。世の中全体が、不満の矛先をコンビニ店員や、相談窓口職などに(お客様に強く出られない職業の人たち)ぶつけることが増えていた。私も、お客様の悪意のエネルギーにやられて二週間寝込んだこともある。 図書館は、専門職の色合いが濃く、どちらかというと、職人の集まりのような雰囲気だった。人間的にバランスが取れているというよりは、個性的な(圧の強いような)ベテランが幅を利かせていたように思う。 そんな中で、唯一といっていいくらいBさんは、穏やかで優しい人柄が際立っていた。怒ったところは見たことが無い。どんな小さなことでも親身になり相談にのってくれる懐の広さがあった。このような優しい心を持ったBさんが、館の長として、様々なクレームや山積する難題に対処していくことは本当に辛かっただろうと思う。私は図書館時代の友人は全て縁が切れてしまったのだが、Bさんだけは忘れなかった。ずっと尊敬の気持ちを持っていた。 あれから10年以上経過。今年に入ってからBさんが私のバイト先に異動してきた。もうBさんは長ではなく、定年退職したため平の立場になっていた。 Bさんは大ベテランなので、図書館のことで良く分からないことがあると、Bさんに相談するようになったのは自然の流れだった。彼女はいつも優しく聞いてくれた。ただ、「私、ここでは新人なのでね。」と、出すぎないようにまわりに最大限配慮していることは伝わってきた。Bさんの良さが、ギュッと縮こまっているように感じた。 まだ、この職場は、地の時代のエネルギーが色濃いようだ。つまり、改善しようにも、即決が出来ない。誰かの顔色をうかがいつつ、目立たないよう探っていく感じ。日本人的というのか、昭和的というのか。立場をわきまえることが沁みついてしまっている。 風の時代は、縦のつながりではなく、横のつながりになるらしい。エネルギーもどんどん軽くなっていく。イメージとしては、仲間の誰かが、アイディアを出したら、まわりは面白がって、どん

新月の贈り物

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 11月24日は射手座新月だった。 今まで挑戦したくてもできなかったことや自分にはとても無理だろうと諦めてしまうような大きすぎる目標を射手座の弓矢で簡単に射止めてしまうエネルギーを持っているそう。変えたくても変えられないと思っている今の環境から抜け出したり新しいことを始めて人生をバージョンアップさせるのにぴったりだとか。 翌日の早朝にこのブログを書いている。新月のエネルギー溢れる一日を、皆さまはどのようにお過ごしだっただろうか。もし、何か滞りを感じる日常が続いている方がいるようなら、天体の動きを切っ掛けに、その純粋なエネルギーに乗じていつもと違う決断をしたり行動をしてみてはいかがだろうか。 さて、昨日は、そんな意味ある新月に当たると露知らず、一日をのほほ~んと過ごそうとしていたところ、急遽、セラピスト友からセッションのお誘いメッセージが届いた。ありがたいので練習させていただくことにした。 朝10時から夕方5時まで、みっちり取り組ませていただき、学び多い時間を過ごすことが出来た。収穫は、未来世療法を本格的に誘導できたこと。実は、この未来世誘導で、セラピスト友は、現実という夢から目を覚まし、本質につながるという素晴らしい体験をされた。「夢を見ていた。」という言葉を発せられたのだが、どんなに大切な意味のことを言っているのかが伝わってきて、二人で涙を流した。覚醒の瞬間に立ち合えたと私は感じている。催眠療法の素晴らしさをあらためて実感するセッションだった。 そして、誘導している私も潜在意識につながっているので、いくつかの気付きを得ていた。 セラピスト友は催眠下で貝のイメージを浮かべていた。事後面談で、私はふと、貝についての思い出を話し始めた。 私「貝に耳を当てると、海の音みたいなのが聴こえるでしょ?私ね、子供のころからずっとそれを信じていたの。海の音だって、かなり大きくなるまで信じていた。だから私にとって貝は大切な宝物だったんだ。」 友「あれは、血液の流れる音だって言うよね。」 ああ、そうなんだ。あの不思議な音は、体内を流れる血液の音だったんだ。私の中の音だったんだ。この話をしていた直後は、ただそう思っただけだった。 この後、午後の部に向けて、一時間の休憩を取ったのだが、その間に一気につながった感覚がやってきた。休憩後、私は興奮してセラピスト友に、その気付きを熱く語ったのだっ

夢か現実か

 一昨日の夜のこと 私はいつものように、夜八時には布団に入り、うつらうつらしていた。 夫は、横で動画などを視聴しながら、適当な時間に寝るのだった。 電気は消えていたから、きっと夫も眠ってしまった時間帯(22時以降)だろうと思う。 いきなり、遠くから地鳴りのような、何とも不思議な音が聞こえてきた。 半分、目が覚めたような状態で、「これ、何の音だろう?」と思っていた。 案の定、床が揺れ始めた。かなり大きな揺れ。震度4以上はあるんじゃないか。 部屋に備え付けの、地震発生を知らせる通信アンテナが、反応していない。いつもなら数十秒前あたりから、赤いランプが点灯し、アラームが鳴るのに。こんな大きな揺れなのに、どうしたのかな? ただ、冷静に、不思議に思った。 そして、その後の記憶が無いので、揺れを感じつつ、眠りに引き込まれたようだ。まるで、手術の時の全身麻酔みたいに、いきなりバサッと、意識が消えた。意識が通信電波なら、いきなりのシャットダウンである。 そして、翌朝、無事に意識がつながり、現実に戻っていた。2022年11月23日地球、日本、東京の○○の肉体に宿る私という意識に、チューニングされた感覚。 おお·····戻れた·····良かった。 という、何とも不可思議な感覚。 昨夜の地震から、朝まで、意識がシャットダウンしていた間に、何だかいろんなことが起きていたような気もするが、記憶が無いので何も分からない。 朝、起き上がって、「そう言えば、大きな地震があったよなあ。何で私、そのまま眠っちゃったんだろう?」と首を傾げつつ、スマホをチェックしたが、一切の地震ニュースが見つからない。防災情報も受信した形跡が無い。 夫に、「昨夜、大きな地震あったよね?」と聞いてみたが、「地震なんて無かったよ。」と、ケロリとしている。 「え~っ?あんなにリアルに覚えているのに。地震前に地鳴りみたいな変な音が響いてきて。それから、ユサユサ揺れたよね。」と、私が音に言及したところ、 夫は、部屋の電気を消した後、どうやら飛行機離陸前のコックピット内動画を流しながら横になっていたらしい。(パイロットの通信音声や、飛行機のエンジン音が聞ける。) では、あれは、エンジン音だったのか。うとうとした潜在意識優位の脳波状態だったため、瞬時に辻褄の合う夢を作り上げたということか。 と、一応納得はしたのだが、密かに次の可能性も

君の名は。

 「君が世界のどこにいたって 俺が必ず会いに行く 君の名前は 君は誰 忘れちゃダメな人 忘れたくない人 大切な人 君の名前は」 今、涙をボロボロ流しながら 新海監督作品『君の名は。』を観終わった。 前世記憶が微かにあるなら とても分かる感覚だと思う。 ずっとずっと探し続けていた 誰か それは誰かは分からない でも、会えばきっと分かる その人だと。 私は昨年、魂の再会を果たした人がいる。 やっぱり、すぐ、分かった。 姿、形ではない。目に見える情報からは分からない。 ただ、「知っている。」この感覚のみ。 この人、ずっと昔から知っていると、私の奥深いところが知らせてきた。 君が世界のどこにいたって 私は必ず会いに行く。 これは、宇宙の約束。 やっと会えたね。 ありがとう。 ところで、君の名は? ☆おまけ 『秒速5センチメートル』も観た。 新海アニメ作品は、胸に突き刺さる台詞が多い。魂の観点から味わうと、無性に泣きたくなる。深い部分のこの疼きは、なんだろうか。 「それは本当に想像を絶するくらい 孤独な旅であるはずだ 本当の暗闇の中を ただひたむきに ひとつの水素原子にさえ滅多に出会うことなく ただただ、深淵にあると信じる 世界の秘密に近づきたい一心で ぼくたちは、そうやって どこまで行くのだろう どこまで行けるのだろう」 これは、種子島から打上られる宇宙探査衛星に思いを馳せた主人公の台詞であるが、私には、魂に刻まれた永遠のテーマのように感じた。 私たちは、この宇宙創造の源、たったひとつから、無数に切り離されたうちの、あるひとつの意識存在だと言える。 ひとつから分離した瞬間の意識は、 「何も分からない。」 しかし、たったひとつだけ、分かっていることがあった。それは 「私が私であるということ。」だ。 それだけは、分かっていた。 そして、私という、この意識は、想像を絶するくらいの孤独な旅に出発した。 暗闇を、ひたむきに。 深淵にあると信じる秘密を 「知る」ために。 これが、ひとつ(宇宙根源)が仕掛けた、宇宙創造の意味である。 意識を無数に分けて、その体験を集めることで、どこまで知ることが出来るのか、挑戦している。 源からあまりにも遠く離れてしまったが故に究極の孤独を味わっている私というこの意識は 魂の乗り物に乗って 旅を続ける。 どこまで行けるのか。 ただ、「知る」 そのために。

これでいいのだ。

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 11月9日投稿「私はなぜ腰が低いのか」の中で、純白の観音様が、制限という水の中で負荷を感じながら、美しい波紋を広げて歩いているビジョンを見た。そのことについて、解釈に役立つ文章を見つけたので、記録しておく。 「魂だけで存在しているのは幸せだけど、ひとつだけ学べないことがあります。 それを外側から見る事です。 いったん、不自由・不自在側に行かない限り、魂の視点を持って行かない限り、「外側から学ぶ」という最後の学習ができないからです。 それをやってこそ、自由自在だと彼らは考えたのだと思います。 それで肉体を持って男女に分かれたし、子供と大人があって、社会があって、国境があって・・・・面倒くさい世界に生まれ変わらざるを得なくなった。 つまりトレーニングジムとしての社会が展開したのです。 自由自在の人間が現在を選んで、今も格闘していて、その研究はすごく深まっている。 だから我々の最先端の研究に、いろいろな宇宙人が関心を持っています。 身を呈して体で不自由・不自在の修験道をやっているよと、地球人はやっぱりすごいねと思っています。 我々が有している、かりそめの不自由・不自在の状態は死ぬほど嫌だけど、それは自由自在を知るために、あえてやっていることで、その両方がわかったら完全知(智)といえるでしょう。それは、完全なる知(智)、「知る」ということです。 そのために我々は、なんとなく忘れずに微かに空間信仰を持っていて、そこに常に憧れています。未練がましいのかもしれませんが。 何度も生まれ変わったのだから、いったん忘れなければいけないのに、こだわりが強い。 歴史を見ても、戦争が始まるといったら「戦争万歳!」と言って提灯行列をやって、終戦になったとたんに「やっぱり平和だよね」と言う。海外から見たらこんな馬鹿な民族いませんよ。この国の感覚は不思議です。 それはたぶん、よい・悪いを評価するように見せかけながらも、そこが主眼ではなくて、不自由か自由自在かを考えるのが主眼だと思います。そういう気がします。」 『新時代を生き抜く!波動を上げる生き方』西脇俊二・秋山眞人 著 徳間書店 154~156頁より抜粋 この文章を読んで、さらにスッキリ腑に落ちた。 同書の中で、こんな表現もあった。 地球体験は、マラソンに例えることが出来ると。 私の解釈で、この点を深めてみたい。 マラソンには必ず、スタートが

天気の子~スターシード的解釈

 「世界は最初から狂っていた。 ぼくは、選んだんだ。 ここで生きていくことを。 ぼくたちは、きっと大丈夫。」 今、Amazon primeで、新海監督作品が観られる。 ようやく、『天気の子』を観ることが出来た。 あれは、2019年10月だっただろうか。 大切な友人Yさんと、高円寺で会った。激しい土砂降りの一日だった。この日、令和天皇の即位の儀式が行われ、虹が皇居にかかり、瑞兆を見たと騒がれた。まさに、あの日のことだ。 私たちは、日本で唯一と言われる、気象神社をお参りした。こじんまりした神社だが、お天気の神様というのは珍しい。ここの絵馬は、下駄のデザインをしていて、可愛らしい。 私はここで、一週間後に控えた小笠原旅行の晴れを祈った。 御利益は抜群だった。日程が一週間ずれていたら、台風直撃だったため、小笠原上陸は叶わなかった。私は、小笠原で、大好きなウミガメと触れあった。その日の朝、海に虹がかかったと、地元のガイドが教えてくれた。 私は、Yさんに、小笠原の美しい海の写真をLINEで送った。 話は戻る。高円寺で二人で会った時に、私はYさんから『天気の子』の感想を聞いたのだった。確か、結末に賛否両論あると語っていた。Yさんは、この映画が大層気に入り、ネタバレしない程度にお勧めしてくれた。私は、その時、「観に行ってみるね。」と答えたのだった。 結局、私は映画を観に行かなかった。仕事に忙殺されるうちに、公開日が過ぎてしまった。Yさんが、あんなに勧めてくれたのになあと、心のどこかで引っ掛かっていた。 あの日、二人で高円寺の街を歩きながら、ポツリポツリと、話をした。Yさんは、ガン手術後の闘病について、静かに話をしてくれていた。抗がん剤の副作用でYさんはかなり弱っていた。現代医療の常識に警鐘を鳴らす勉強会に参加しており、自然の身体に良い食材を扱う事業を起こしたいと、夢を語っていた。Y さんは、人間の自然治癒力を高め、病気に苦しむ人が減るように、そんなお手伝いをしたいと、自分の苦しい体験を糧に誰かの幸福につなげたいと、未来を描いていたのだった。 2020年秋。Yさんの体調は急変し、魂の故郷へ旅立った。 Yさんの魂が、宇宙のアルクトゥルスという星へ帰ったと、Yさんの友人の誰かがリーディングしていた。私はアルクトゥルスヒーリングというのを見つけて、何か分かるのではないかと、ヒーリングサロン

友達は観音さま

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 「恋人はサンタクロース」というユーミンの歌がある そのノリで、「友達は観音さま」というお題で、書いてみたい。 ぜひ、メロディーを口ずさみながら(笑)、読んでください。 昨日、ヒプノセラピスト仲間のAさんから、可愛らしいお花が届いた。黄色いガーベラと薔薇のアレンジメントだった。驚いて、添えられていたメッセージカードを読んだところ、手術の成功を祈って贈ってくださったことがわかった。Aさんの優しさが伝わってきて、うるうるしてしまった。 私の大好きな歌に「The Rose」というのがある。歌詞が胸にジ~ンとくる。手嶌葵さんの歌声で聴くのがおすすめなので、ぜひ、YouTubeで検索して聴いてみてほしい。その歌詞の中に「私は思う。愛は花だと。そしてただ一つの種があなたなのだ。」という箇所がある。 こうやって、お花をいただくと、つくづくそうだな~と思う。 本質の世界は、すべてがエネルギー(波動)。振動する情報と言ったらよいだろうか。般若心経の伝えてくれている世界である。私たちはこの地球で、肉体の目では見えないエネルギーを物質化し具現化して味わっている。そして、愛のエネルギーは花に具現化されている。なんて美しい世界に私たちは遊んでいるのだろう。宇宙は創造性に満ちている。よくぞ、この形、色、香り、手触りで愛をカタチにしてくれたものだ。 私たちは、花を愛でる時、ハートの奥深くから、あたたかな、美しいエネルギーが泉のように湧き出してくるのを実感するだろう。宇宙源は愛と創造のエネルギーである。花を見る時、私たちは源の意識とつながるのだと思う。それは言葉を超越したやわらかな感覚である。 届けられたお花をうっとり眺めながら、Aさんの優しい心が伝わってくるのを感じていた。そう言えば、Aさんは、観音さまみたいだなぁと思った。 実は、Aさんと私には、ちょっとした、観音さまシンクロがあったのだった。 Aさんとは、一年ぐらいの付き合いである。まだ実際にお会いしたことが無いのが不思議。ZOOMで催眠療法の練習をさせてもらう仲だ。月一回のペースで、お互いに幼少期や前世を癒やしていった。セラピストにありがちなトラウマであるが、私たちは、幼少期になかなか過酷な体験をしてきていた。その体験を乗り越えたからこそ、クライアントに共感し、寄り添う力を身に着けることが出来たとも言えるのだが、辛い体験は辛いものだ。毎回、

現代医療と和解する

 現代医療とは、健康保険が使える一般的な医療のことで、手術や投薬など、対症療法が特徴となっている。私は、二年前までは、不調は病院で治してもらうものと当たり前に考えていた。その依存的な思考に警鐘を鳴らすような出来事があった。 私は、鬱病を治療しながら仕事をしていた。そのメンタルクリニックには数年通っていた。薬の種類は4種類ぐらいだったろうか。うつ病は公的な助成があるため、病院代は1割負担で済んでいた。そんな気軽さもあり、ただ、処方される薬を漫然と飲み続けていた。鬱はなかなか良くならなかった。 2020年、世の中が、未知のウイルス騒ぎで横浜に停泊する豪華客船に注目していた頃、私は肺の血管が詰まり、意識不明となった。幸い、救急車で運ばれた病院の医師の機転で、命拾いをさせてもらった。その後、一か月ほど入院し、点滴で健康な心臓の動きを回復することができた。また、たまたま造影剤を使ったCT検査により、乳がんが発見。リンパ転移の無い絶好のタイミングで手術を受けることが出来た。私は現代医療により確かに命を救われた。 退院してから、メンタルクリニックへの不信が膨らんでいた。肺の血管が詰まった原因がもしかしたら、あの4種類の薬の副作用ではないかと、入院していた病院の医師から告げられたからだった。意見書を書いてもらい、メンタルクリニックの医師には伝えたのだが、不安は膨れ上がるばかりだった。 メンタルの薬だけでなく、血管の薬、ホルモン剤、その副作用を抑える薬、など、毎日体内に取り込む化学物質の量は倍増していた。そして、薬への不安が無意識に体調を悪化させたのだろう。私は、だんだん、寝込むようになっていった。起き上がるエネルギーが振り絞れない。家事も一切できず、毎日布団の中で鬱々と過ごすようになっていた。 ある日、ふと思った。 「このまま何もできずに薬だけ飲み続けて10年長生きするよりも、短命でもいいから、動けるようになりたい。」 私はここで、無意識に意識変容を起こしていた。長生きすることが何よりも幸せであるという世間の価値観から、自分自身の幸せのカタチを求めようと、初めて自主的に行動をしたのだった。 これは、私の価値観なので、推奨するものではないことをお断りしておく。自分の選択は自分で責任を負う。誰も私の人生に責任を負える人は存在しない。私だけである。病院へ通うのも薬を飲むのも、私が選んだ。

すべては導かれている

 本日は、病院へ。今日、手術日が決まるはずだった。 ところが、予想外の事が起きた。 手術する方針になったため、前回と医師が交代したのだが、今日から私の担当になる医師から、早速三つの問題を明らかにされた。 1、二年前手術した右胸の治療(ホルモン療法=再発防止)が中途半端になっている。この先どうするか。 2、左胸の手術 3、胸骨の奥に、腫瘤がある。これは呼吸器科の範疇のため、今後、検査を受けて担当医から手術するのか保留できるものか判断してもらうこと。 1については、出来るだけ薬を飲みたくないため、自己治癒力をつけていく代替医療に個人的に取り組みたい。ホルモン治療は受けないと明言。 2については、お願いしたい意を伝える。 そして3については、寝耳に水であり、ぽか~んとしてしまった。まだあったの? 3の検査次第では、そちらの手術を優先するかもしれないため、乳ガンの手術日は、それから決めることになった。なので、明らかになるのは12月上旬。手術は1月以降。 なんだ、なんだ、この展開は。 煮え切らないとうのか、不透明というのか。 何となく、私の今後の学び度合いでパラレルが変わるため、現実がグラグラと定まっていない感じ。 手術のパラレルにまっしぐらにすすむのではなく、第三の登場人物を出現させ、猶予期間を用意してくれているような。 私は、乳ガンには感謝している。おかげで、学びのオンパレードであり、宇宙仲間にも次々再会を果たしている。魂の使命のようなものも、見えてきた。乳ガンは、まるで人生をより深く味わうためのプレミアムチケットのようだと感じていた。 そして、第三の腫瘤出現に、思わず 「え!さらに、私ったら優待チケットを隠し持っていたの?」と驚いたわけだ。 プレミアムチケット+優待チケット 私の魂は、どんだけ、地球を味わい尽くしたいのか。いや~。あなた、マジだね。さすがだ。おそらく今世で地球卒業を果たしたいため、無理やりカリキュラムを詰め込んできたに違いない。 そういえば、人間の私も、学生の頃、試験勉強は切羽詰まらないと出来ない性格だった。一夜漬けは得意だった。さすが私の魂さん、同じ傾向だ。「卒業までに、あれもこれも、体験しておきたい!」と、人生後半に、ようやく尻に火が着きボーボー燃えているのだろう。 それにしても、胸骨の奥は臓器は無く、スペースであるらしい。そこに腫瘤なんて出来る?

宇宙的「あきらめ」とは

 昨日は、ランチ会だった。 集ったのは総勢六名。初対面がほとんど。そのうち半数はZOOMでお話したことがあった。そして、初対面なのに、何の気負いも緊張もなく、楽しく時を共にすることができた。 職業は様々、ヒプノセラピスト、看護士、整体師、カフェ店員、ホメオパシー施術者等。ヒプノ友の紹介でこの会に参加する運びとなった。会の趣旨は互いに応援し合うというもの。 やはり、時代が変化しているのだなと感じる。 世の中は二極化を通り過ぎ、今は多極化してきているとか。 同じようなエネルギーの人々が集まり、心地よく過ごすことが出来るようになってきた。エネルギーがあまりにも違う人とは、意図していないのだが、まったく接点が無くなってきた。 エネルギーの違いに良い悪いはない。ただ、違うというだけ。 今までは違いから学んできた。強引なエネルギーのコントロールを受け、もう一方のエネルギーは封印されてきた。(例:男性性優位・女性性抑圧など)これからの時代は、その学びを踏まえ、融合し、中庸に戻る。心地よいということは、両極を知り、ほどよいエネルギーになれたからこそ、ジャッジなく互いが受け入れ合うことが出来るようになったのではないだろうか。片方しか知らなければ、もう一方を理解できず、拒絶するエネルギーが生じてしまうのは仕方ない。人間は知らないことが一番怖いのだ。 まだ、学びの段階は人それぞれなので、それが多極化として現実に現れているのではないかと感じる。 この集いで心地よさを感じるのは、大前提として、受け入れられているという空気感だ。皆、ある程度統合されているので、誰か一人が仕切ることもないし、自己主張することもない。それぞれ個性は豊かだ。でもその個性が誰かを抑圧するわけではない。誰かの発言が誰かの気づきとなり、全体のエネルギーが高まっていく。ひとつの輪になっていく。「ああ、このテーマのために、今日私たちは出会わされたんだね。」という気持ちになっていく。誰もが宇宙の采配に思いを馳せることになる。このような感覚を共有できることが、とても嬉しいのだった。どんなご縁も宇宙の采配がある。 さて、今回、その采配を感じさせてくれる方が、まず口火を切った。 彼女は、一週間後にひかえた、あるイベントの主催者なのだが、つい先日、会場があまりに狭いことが判明したと言う。彼女が一番心にひっかかったのが、「お客様が居心地よ

アクセスバーズ体験~私的宇宙妄想

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 昨日は、貴重な体験をさせてもらった。 最近仲良くなった方と、交換セッションをする機会を得た。 私は、催眠療法。相手は「アクセスバーズ」 最初、そのワードをお聴きした時は「?」だった。いったいどんなものなのか、一切の知識が無かったからだ。 この投稿をお読みになっている方も、私と同じかもしれないので、とりあえず、ネット情報をほんの少し紹介。 興味がある方は、ググっていただきたい。これ以外にも沢山の情報が得られると思うので。 【アクセスバーズとは】 「創始者は、ギャリ―・ダグラス。約25年前にアメリカで創始され、今では世界178ヶ国以上に広まっています。日本でも、2014年ごろから広まり始め、マインドフルネスの効果が得られると注目されているセラピーです。この施術中は、シータ波が脳内に流れ、一種の瞑想のような状態になると言われています。また優しいハンドタッチにより、脳からは「オキシトシン」「セロトニン」「ドーバミン」などの幸せホルモン・やる気ホルモンが流れます。頭の32のポイントを触ることにより、脳内の不要な情報を除去して、深いリラックスを得られます。「最低でも、最高のリラックスが得られ、最高ではあなたの人生を変えることができる」と言われています。マッサージのように揉みませんし、指圧のようにツボを押すのとも違います。タッチは非常に優しく、穏やかなものです。」(以下大幅に省略) 施術していただく当日の朝に、急遽このネット情報を仕入れ、要するに、瞑想や催眠状態と同じようなもの?と短絡的に考えた。催眠は、誘導により心身をリラックスさせていき、脳波をアルファー波やシータ波にもっていく。潜在意識につながることで、大きな気付きを得たり、本質と一体となることで、安らぎや静かな穏やかさを感じることも出来る。普段、目まぐるしく働いている思考(エゴ)を休ませることは、心身の健康にも良い影響を与えてくれる。 さて、催眠との違いはどんなところにあるのだろうか?ワクワク楽しみであった。 交換セッション相手をMさんとする。Mさんとは、とある催眠のセミナーでご一緒した。セミナー終了後、彼女に最後のご挨拶をした際に、ふと不思議な気持ちになったのだ。私たちは、催眠セミナーで、潜在意識でつながり、いわゆるワンネスのような状況でもあった。感謝の気持ちでいっぱいになり、かなり感性が豊かな状態になっていた。セミナ

年齢退行療法体験~顔を失くした私を救出する

 インナーチャイルドワークを得意とするセラピストAさんにセッションをしていただいたので記録しておく。Aさんは、同じ催眠の学校の受講生同士であり、何度も練習でお世話になった。とても信頼しているので、今回はきちんとセッション代金をお支払いして、お願いしたもの。 ☆テーマ 「顔を失くしてしまったインナーチャイルドがいる。その子を救出したい。」 10月に宮崎ますみさんの心身緩和ワークショップに参加。全体誘導のインナーチャイルドワークをした際に、クレヨン画で描かれた小さな私が現れた。全体的にグシャグシャに殴り書きされた姿で、顔は目が一本線で描かれているだけだった。「何が正解かわからない。どんな表情をして、何を着たらいいのか、誰かに言われないと分からない。」と言っていた。かなり深刻な状態のインナーチャイルドだと感じたので、Aさんを頼ることにしたもの。 ☆安全地帯 小さなパンジー(白、紫、黄の花びら)がはかなげに風に揺れている花壇の前にいる。向こうはゆるやかな斜面になっていて、緑の丘が広がっている。数本の木が見える。モンシロチョウが飛んでいる。薄曇りの空。ピンク色の靴を履いている。小さい子の足のようだ。穏やかな気持ち。パンジーを見て、小さくてかわいいな~と感じている。 鉄製の赤錆だらけの螺旋階段を降りてテーマに関わる幼少期へ。 ☆最初の場面 階段の下に髪を両側で縛っている小さい女の子を発見。顔が無い。私の小さい時だと思われる。小学校に入る前か入った直後くらいの年齢。 だんだん、場面がはっきりしてくる。 滑り台で遊んでいる。就学前の私だ。姉の友人たち数人が一緒に遊んでくれている。この日は、なぜか、皆にちやほやされて、「いつもと違う!」と喜んでいる私。でもどこかで何かひっかかっている。楽しかったけど、夕方になってみんな帰ってしまうと、またいつもの上手くいかない私に戻る。 姉は友達が沢山居るけれど、私は友達があまりいない。どうしてだろう?それを比較して悩んでいる。友達が欲しいけれどどう作っていいのか分からない。この日も、珍しく姉の友人たちが私に優しく接してくれて、熱心に相手をしてくれたのだが、心のどこかで、「友達の妹だから、遊んでくれただけ。本心から私を好きで、優しくしてくれたわけじゃない。皆、仮面をかぶっている。本心を隠している。」と言う。 セラピストから、どうして友達が出来ないのか

退行催眠療法体験~なぜ私は腰が低いのか

 本日、退行催眠療法を受けたので、記録しておく。 ☆テーマ 私には腰が低いという性質がある。もっと自分をありのままに出して、自信を持てたらと思うが、どうしても人の顔色をうかがって、下手に出てしまう傾向から抜けられない。その原初の場面を体験して、理由を知りたい。 ☆安全地帯 水仙の群生。木がまばらに生えている土手が見える。土手向こうは川のようだが水の流れはそこからは見えていない。 ☆幼少期の楽しい場面へ パステルカラーのピンクとレモン色の光に満ちた明るい場所に、透明な私が浮いている。 退行しすぎて、生まれる前の世界にでも行ってしまったのか?魂の世界のようだ。 左上に、植物の弦で編まれた吊り橋のようなものがかかっている。ここでは、まだ意味が分かっていない。後から、橋の意味が判明する。 ☆テーマにかかわる幼少期の場面へ 白い犬のぬいぐるみと、滑り台が見えている。自宅の一室。やっと歩けるようになったくらいの年齢か。2歳くらいの私。室内用滑り台を前に、悩んでいる。 「いつもは、ママが見ている時に滑り台を滑る。今、ママはここにはいない。滑りたいけど、ママが居ないから、滑らない方がいいのかな。」 こんなに小さな子供なのに、もう、行動にブロックがある。両親は、特に私の行動に対し、ガミガミ言ってきた記憶は無い。おそらく、私がここで一人で滑り台を滑ったとしても、両親は気にしなかっただろう。なのに、この小さな私は、「ここで、やりたいことをやって大丈夫なんだろうか。正解だろうか。誰かの指示がないと動いてはならないのではないか?」と悩んでいる。このブロックはどこで身に着けたのだろう。今世ではなさそうだ。 ☆誰かに相談してみる場面 セラピストから、「ママに相談してみる?」と聞かれるが、「ママに聞いても、理由は分からないと思う。」と小さい私はきっぱりと言う。「さっき行った、生まれる前の場所に居た私の魂に質問したら何か分かるかも。」と思いつく。 中間世(魂の居る場所)の私を呼び出す。なぜ、こんなに行動に対して既にブロックがあるのかという質問に対し、ビジョンで回答がもたらされる。 上空から、下界をながめるような視点となっている。下の方に、海か湖?が見える。水面は、パステルカラーのピンクと水色が混ざっていて、とても美しい。真ん中に、下半身を水に浸した、真っ白い観音様が見える。観音様は合掌している。観音

私のシャドウはズルいアメリカのオジサン

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 先月末のシャドウワーク宿泊セミナー後、参加者たちのその後を聞く機会があった。 数人は、帰宅後に、自身のシャドウ(見たくないような負の自分自身)を現実化していた!家族間トラブルや恋愛のもつれ、仕事上のモヤモヤなどなど。ただし、参加者たちは、二泊三日でシャドウを学んだ強者でもある。いつもなら、感情の自動コントロールの波にのまれてしまうのだが、今回は「いよいよ私のシャドウが現れた!さて、どうやって向き合うか?」という姿勢になっていたそうだ。 彼らの共通する姿勢は、「自分に誠実になる。まず自分を尊重する。」今までは、たいしたことないからと我慢していたことを、きちんと言葉にして相手に伝えたそうだ。(怒りを表現するのではなく、冷静に伝えるというポイントがある)そうしたところ、思った以上にベストな流れに移行していったそうだ。参加者数人のその後エピソードをお聴きして、みんな凄いな~と感心した。 私も何かシャドウが浮き彫りになるような現実化が起きるかな?そんなことをぼんやり思ってはいた。 昨日の出来事。私のシャドウが現実化された!超、超、醜い、いやらしい、蔑みたくなる影の部分を投影した現実を私は映し出した。面白いので記録しておく。こんな体験は滅多にないので、やはり宿泊セミナーで自分の内部の滞ったエネルギーが動き出したらしい。参加者たちも、エネルギーが動いたと表現していた。 昨日の日曜日は、朝からスッキリ晴れて美しい空が広がっていた。前日まで予定が無かったのだが、ふと「今日は夫の一番行きたがっていたところへ行ってあげたい。」と思いついた。夫は私と正反対の趣味、ミリタリーフアンである。『トップガン』の映画を観て、主人公が着用していたジャケットを手に入れたがっていた。どうやら、横須賀のどぶ板通りに、ミリタリー専門店があるらしい。 軍港めぐりの船にも乗れるようなので、青空をバックに夫や軍艦の写真を撮影してあげたいと思った。たまには夫孝行をしようと気まぐれを起こしたわけだ。普段は私の趣味を優先して出かけるため、今回は夏に雪が降るくらいの珍しい行為であった。 これもきっと、シャドウワークの影響だろう。今まで凝り固まり滞っていた部分のエネルギーを動かすには、まったく違う方向から行動する必要があったのだろう。今思えばだけど。潜在意識の中で必要な現実化創造が着々と起こっていた。 軍港めぐりクルーズは