投稿

決断すると何かが起きる

 先日 夢実現の一歩二歩三歩 という投稿をした。 「自分の本を出す」という夢を実現すると、心に決めて、自分にも周りにも宣言した。 前後に何が起きていたかを書いておきたい。 決断することには、とても大きな意味がある。 小さくても、大きくても、何か夢を持っているなら、 決めること。 具体的な手段は後回しでよい。ゴールをリアルに描くことを大切にしてほしい。 そうすると、不思議なことに 意図せずとも具体的な情報が次々寄せられてくる。 本日は、そんな不思議な流れの記録である。 決断するあの日まで、私の夢は、ぼんやりしていた。 私の本が書店に並んだらいいなあ~。と、ふわふわした夢を描いてはいたが、特に、書きたいテーマは決めていなかった。本が好きだから、私も本を出したいな。くらいのレベルだ。 文章を書くのは好きだったので、当時仲良くなった方々に、少し長めのLINEメッセージを送って楽しんでいた。 当時はスピリチュアルなことに興味があったので、本や動画で得た情報をシェアしていた。それを読んでくださった方から 「とても分かりやすい。スピリチュアル初心者向きの本が書けるのでは?」と言ってもらった。それが嬉しくて、ついつい、LINEメッセージが多くなった。誰かに読んでもらえることの幸せを感じ、何か書きたい欲求が高まっていった。 しかし、長いメッセージの頻発は、ヒンシュクでもある。誰にだって、読みたい時もあれば、読みたくない時もある。そろそろ、文章発信のステージを用意しなければと考え始めた。 ある朝、一念発起。blogを立ち上げた。今は、無料で簡単にblogが始められるいい時代になった。これで、私は好きな長さで好きな内容の文章を書くことができ、しかも第三者に見てもらえるという環境を手に入れた。 今のところ、blog閲覧者数は、月平均180人(延べ)。海外からも閲覧いただいているらしい。投稿内容によって、人気にバラつきがあるが、少なくとも、私の大切な友が毎回見にきてくださっている様子。一人でも誰かに読んでいただければ、とても幸せな気持ちになる。 いつも励まされています。本当にありがとうございます。 blogを始めた頃は、とてもじゃないが、本を書くレベルではない。読み返してみると恥ずかしくなる。人様に読んでいただける文章が書けるように、日々練習だ。 計らずも一貫して、伝えているのは 「...

闇体験チャレンジャー

 先ほど、気づきを得た。 今世で、闇の体験をしたら、そのエネルギーと同等の光を発見できるのではないだろうか。 闇体験(苦しみ、悲しみ、恐怖、孤独など)の深さにレベルがあるとするなら 例えば、100レベル闇を選択すると、100レベルの輝きの光(愛、平和、静寂、喜びなど)と交換される。体験の等価交換。 闇がちょっとなら、見い出す光もわずか。 闇が深ければ深いほど、体験を乗り越えた先の輝きは、眩くて深い感動を味わう。 陰陽マークを見ると理解できるだろう。黒い部分と白い部分は同じ面積だ。陰は陽に転じ、陽は陰に転じる。 あくまで想像だが 私の魂が、今世に転生する際に、神様と約束したかもしれない。 神との会話回想シーン 「闇レベル350で、チャレンジしてきます。」 「350は、ちとキツいぞ。」 「確かに、レベル100なら、楽チンです。でも、それでは、今の私の魂の輝きがパワーアップしません。」 「ほほう。やる気満々じゃな。」 「はい!350の光を得て、さらに魂をピカピカにして帰ってきます。」 「そうじゃな。今のお前の力なら、350に耐えられるだろう。やってみなさい。さらに輝く魂に成長して帰ってくるのを楽しみにしておるぞ。」 「ありがとうございます!見守っていてください、神様!いってきま~す。」 こうして、私の魂は、虹の滑り台を降りて、母の胎内へ·········· 回想終了 神様は、その人に乗り越えられない試練は与えない。魂は神様と話し合い、自分で決めてきているからだ。 さて、話は現実へ変わる。 先ほど、動画で映画を見ていた。私には珍しく、ちょっと恐怖系のストーリーだった。なぜ、わざわざこの映画を見たのだろうか。 案の定、最高に怖い場面が突然やってきた。トラウマレベル。慌てて、画面を閉じた。ああ、後悔。口の中がカラカラになり、苦くなる。貧血みたいにクラクラして、みぞおちが重くなり、足に力が入らない。 あれ? これと同じような感覚、味わったことあるよね。そして、思い出す。10歳の私の体験を。場面がフラッシュバックする。当時の感情が、潜在意識奥深く、固く閉じられた蓋の隙間から、微かに気配を漂わせる。 Shayleeさんの美しい歌声のCDをかける。大丈夫。蓋して鍵かけて。箱の中身は忘れてしまえ。感じなければ私は生きていける。 そこで、ふと思い付く。 自分で、浄化できるかな?あれ...

感情に振り回された時に

 現実で何か心配な事 何か、嫌な事が起きている時 心が重くて、怒りや悲しみや、いろんな感情が湧いてきて、 どっぷり、その渦に巻き込まれているなあと感じたら ちょっとだけ、立ち止まってみよう。少しでいいので、自分に時間を与えてあげてほしい。5分でもよいの。 ☆リラックスできる体勢になる(座っても、横になっても) ☆深呼吸 ☆呼吸に集中(空気が鼻の中を通る感覚や肺の中がひんやりする感覚などに意識を向ける) ☆途中、感情や思考していることに気づいたら、否定せず受け入れる →受け入れ方 「私は○○と感じているんだね。」 「私は○○と思ったんだね。」 と、頭の中で言葉にする。 ☆思考は次々流れていくので、抵抗せず、受け入れながら、流れていくのを観察する。 ☆また、呼吸に集中する 静かな部屋で好きな音楽をかけながらリラックスして行ってみるのもおすすめ。 私たちは、外側から植え付けられた常識で、がんじがらめにされている。「怒っちゃダメ。落ち込んじゃダメ。いつもポジティブで明るくいなきゃ。」など。 私は、過去、ネガティブな感情に抵抗してきた。特に、根に持ちやすい性格ので、「相手に感謝しよう。いつも穏やかで優しくあろう。」と頑張ってきた。だから、怒りや苦しい感情が出てきたら、即座にそこから逃れようとした。避けられた感情は、潜在意識の中に滞り封印される。避けられた感情は、消えない。しっかり残されて、積み上げられていく。 毎回、現実に対し、自動操縦のようにパターン化した感情で反応している場合、潜在意識の中には、過去のたくさんの感情が浄化されずに渦巻いていることだろう。 感情は、本質の自分が納得するまで味わえば、浄化される! 目の前の出来事に、ネガティブな感情が沸き上がってくる場合。大抵は、「今」ではなく「過去」の似たような出来事の感情を想起し増幅させたものを感じている。 (あるいは、まだ起きていない「未来」を想像し、悲観している。人間は、なぜ先を悲観しがちなのか。DNAに刻まれているのか。生存戦略として、先を予測し事前に対策練っておくために、命を守るために、私たち祖先が、未来を悲観することを多く選択した結果かもしれない。) つまり、「今」は、9割以上は、心配も不安も怒りさえも、存在していないと言える。「今」を意図的に意識し続けることで、そこに気づくことが第一歩。今は、呼吸と共にあ...

夢実現への一歩ニ歩三歩

 将来に実現したい夢はありますか? もし、その夢が、魂の求めであるなら、きっと今世で実現するだろう。 私たちは、そのために生まれてきたのかもしれない。夢実現の結果というよりは、過程を体験することに重きを置いているのだが。 魂がやりたいことを、この世界に形として表現する。元々、肉体を持たないエネルギー体である魂は、肉体にわざわざ宿ることで、成長や学びを可能とした。 エネルギー体である高次の世界では、願えばすべて叶ってしまうそう。一見、その方が幸せそうだが、何と!飽きてきちゃうらしい。成長もほとんど出来ない。 肉体を持ち、様々な能力の制限下で、夢を形にしていく過程は、ハラハラドキドキ。失敗、絶望、焦燥などのスパイスにより、さらに美味しく味わえる。そして、苦労の末、夢を実現した暁には、至福の心持ちとなり達成感を味わうことだろう。 例えば、「水を得る」ということに関して、私たちは、感動しているだろうか?喉が渇けば、コンビニや自動販売機でペットボトルを購入するし、生活に必要な水は、蛇口を捻れば好きなだけ使える。当たり前のことなので、「ああ、水が飲めた!」と感激する人は、この日本では少ない。 しかし、雨の降らない砂漠地帯で暮らす外国の人々にとっては、「水を得る」ことは死活問題だ。水が出るのは当たり前ではない。遠くの水場へ何キロも重い甕を抱えて水汲みに行く女性や子どもの姿を見たことがある。 そんな地域で、日本の井戸掘りの技術が役に立っているという記事を最近読んだ。アフガニスタンで水路を掘っていた中村哲さんのエピソードも心打たれる。 苦労して、現地の方々と力を合わせ、井戸や水路を掘り、貴重な水が、喉と大地を潤した時。どれだけの感動がわき起こるだろう。そしてその過程で味わう感情や身につけた知見は、人々の財産となり、魂はグンッと成長するだろう。「水を得る」という夢を困難を伴いつつ実現すると、そこに関わった人々は、魂が磨かれる。 つまり、夢を実現するために、この地球上では、わざわざ過程が困難になるよう制限をかけている。なぜなら、その方がたくさん感動できて、成長できるから。その方が、楽しいから。 さて、私事になるが、今年に入ってから友人3人と夢を語り合ったことがある。もう半世紀以上生きた私にとって、夢を語ることが久しぶりすぎて、とても新鮮だった。いつから、私は夢を描かなくなったのだ...

贈り物で満ちた世界に

 この9月を振り返ると 新しい出会い 再会 気付き 学び 手放し(解放、浄化) が一気に起きていた。 あまりにも、得た情報や感情が多すぎて、深すぎて、こちらのblogにも表現し切れていない。 先ほど、素敵な歌を耳にし、まさに今の感覚にピッタリだなあと心に染み渡ったので、紹介したい。 同じような課題を抱え、同じようなペースで学びを深めてきた友人たちと魂の思いを共感できたらと思う。 『Light and Shadow』CDアルバムより 作詞作曲 Shaylee https://youtu.be/NCKfcxihV7Y Gift それぞれに色や形は違う でもすべては繋がってる 自然も空も海も あなたと私も 生きる喜びも悲しみさえも いつだって与えられてる たくさんの贈り物がある どれだけの愛に気づくことができるだろう この世界で 何もかも投げ出してしまいたい時もあるけど 神様は越えられない試練を与えないという いつかこの思いが届くまで いつだって与えられてる 心に自由な空がある 決して答えは一つじゃない この手の力を信じてみよう 足りないものばかりを見つめていたけど 今を生きてる自分自身を励まして 皆それぞれ人は 抱えているものがあるけど 輝く未来を信じて ずっと降り注いできた光を 今度は受けとるため 心に在る自由な空を思い出してみよう この世界で ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 昨日、夢で受け取ったメッセージ 天 雨  雨 地 の 言霊のエネルギーから感じていたこと この1ヶ月で起きていたこと すべてが凝縮されたようで、美しい詩だなあと思う。 Shayleeさんのこと知ったのも偶然の引き寄せなので、この世界は、みんなみんな、ちゃんと繋がっているんだなあと実感した。 必要な時に、必要な人と出会い、必要なものがもたらされ、必要な出来事が起きる。本当にそうなんだ。 この世界は、贈り物に満ちている。

天雨雨地とは

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 明け方、印象深い夢を見た。 眉間の裏側あたりがスクリーンになり、そこに漢字がはっきり映し出された。 天 雨 雨 地 最後の「地 」は、もしかしたら「土」だったかもしれない。そこがぼんやりしている。はっきりしなかったので、顕在意識が「天雨雨とくれば地でしょう?」と勝手に補正した可能性もある。 何か、意味がありそうだなあと思いながら、うとうとしていた。 「天雨地」だったら、切りがよいが。 水の循環を表しているかもしれない。海の水が水蒸気となり、天に昇り雲となる。やがて、雲から雨となり、地上へ降り注がれる。目に見えないものが、天に昇り浄化され、目に見える姿となり、地上の生きとしい生けるものたちの命を育む。宇宙源の愛の形であろう。 水は、元々地球に存在したわけではなく、宇宙からもたらされたとも言われている。流れてきた星(隕石か彗星か)が地球にぶつかり、その星の欠片が身に纏っていた氷を地球に分け与えたのだとか。 宇宙の源に意識があるのならば、地球を多様な命の楽園にしてみたかったのではないだろうか。宇宙に青く光るアクアリウムの星に。水は、姿形を変え、循環し、命を清浄に保つ。永遠の循環の中で、多種多様な生物が、短い命を謳歌し、命を繋いでいく。愛は、創造と破壊のサイクルだと表現する人もいる。確かに、破壊が無ければ、新たな命は生まれない。火山も山火事も地震も洪水も。長い目で見れば、健全な命の調和を実現する地球の自浄作用だ。 先ほど、カタカムナの本を読んでいて 「雲の「く」は、変化できるから、自由という意味。雲は蒸気ですが、雨は液体で、雪は個体です。元の「も」と組み合わせて、雲「くも」という言葉ができたようです。」 とあった。 カタカムナ文字は小丸の位置で物体や現象を表す。発音は宇宙音とも言われ、日本語の起源にもなっているらしい。私たちは、母音の多い美しい日本語を日常口に出すことで、言霊のエネルギーを交換している。宇宙の理を表す宇宙音を身体や空間に響かせているわけである。日本語は、神秘的だ。 「あ」は、宇宙よりさらに大きいものを表している。「あめ」は、宇宙音では、どんなエネルギーを表出しているのだろうか。 「め」は、恵みのめでもあるので、宇宙源から届けられた恵み。命を育む大きな愛を波動にした音が「あめ」ではないだろうか。 「あめ」という音のエネルギーを身体に響かせて心で味わっ...

名前が持つ意味

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 昨夜のお月様、きれいでしたね。 この2日間、素敵な方々とご一緒させていただいた。深い話をして、たくさんの気付きをいただいた。先週のセミナーといい、今週の友人訪問といい、人生の転機が連続して起こっている。 こんなに幸せでいいんだろうか? つい、今までの癖で、不安になる。また、すぐ、困難なことが起こるんじゃないか?と、つい未来に起こるかもしれない辛い出来事に備えようと身構えてしまう。 「幸せになっていいんだよ。自分に許可しよう。」友人が言ってくれた。その瞬間、心から自分を許せたような気持ちになった。魂の光を覆い隠していたベールが、また一枚、取り去られたようで、スッキリした。 昔は、自分の天職は何だろう?と、気にしてばかりいたが、今は、あまり気にしなくなった。 本当の自分とつながり、自分が心地よいと感じることを選択していれば、いつかそれが天職になっているんじゃないかな?気がついたら、私、この役割が好き!毎日とても楽しい。とキラキラ輝いて生きているんじゃないかな? だから、やはり大切なのは、今。 今、自分が心から満たされているかどうか。小さな心地よい選択を積み重ね、まず自分が幸せであること。穏やかで平和で、優しい存在であること。そうすれば、自然の流れで導かれていく。必要な出会いが起こり、必要な役割が用意されていく。清らかなせせらぎに身を任せ、流れに乗っていこう。 さて、友人から質問された。 「もしも将来、催眠療法のサロンを開くとしたら、どんな名前にする?」 そうだなあ。私の名前が太陽を表しているから、お日様にちなんだ名前を付けたいかなあ。 と答えて、ふと思い出した。 実の母親の言葉 「太陽のように輝く、あたたかい女性になりますように。と願ってあなたの名前をつけたのよ。ひまわりが、お日様に向かって大きく咲くように。光に向かって生きていきますようにと。」 名前が天職を示すこともあるかもしれない。親は我が子の魂と繋がり、その魂の求めを感じて、名前に表すのではないだろうか。 太陽は、あらゆる生命を生かす光のエネルギー。生命力の源。そして魂も、光のエネルギー。私には、個々の魂が本来の輝きを思い出すためのお役目があるかもしれない。催眠療法に出会えたことと、自分の名前の由来を思い出したことで、なんとなく天職のイメージがつかめたように思う。 素敵な名前と言えば 和を広げる。 とい...