物語:『そらにとどいた ありがとう』

 


『そらにとどいた ありがとう』

 『二階の窓から見えたもの』続編


はじめに

このお話は、しろという子犬と、蒼という男の子の物語です。

ある日、しろは空へと旅立ちました。

蒼はとても悲しくて、涙が止まりませんでした。

でも、風の通る場所で、蒼は少しずつ気づいていきます。

「命って、いなくなることじゃなくて、かたちが変わることかもしれない」

「しろは、風になって、空になって、ぼくの心にいる」

この物語は、悲しみの中にあるやさしい光を見つける旅です。

そして、風のように静かに、命のつながりを感じる時間です。

もしあなたが、大切なものを失ったことがあるなら、

このお話が、そっと心に寄り添ってくれるかもしれません。



第一章:しろがいなくなった日


蒼は、しろと遊ぶのがだいすきだった。

しろは、白い毛の子犬で、くるんとしたしっぽと、やさしい目をしていた。

毎朝「おはよう」と言うと、しろはしっぽをふって、ぴょんぴょん跳ねた。

学校から帰ると、しろは玄関で待っていて、蒼の手をぺろりとなめた。

ある日、いつものように公園でボール遊びをしていたとき、

しろはボールを追いかけて、道路の方へ走っていった。

そのとき、車の音がして——

蒼は、目の前が真っ白になった。

しろは、もう動かなかった。

「しろ…しろ…!」

蒼は、何度も名前を呼んだ。

でも、しろは目を開けなかった。

家に帰ってからも、蒼は泣きつづけた。

ごはんも食べられなかった。

布団に入っても、しろのぬくもりを思い出して、涙が止まらなかった。

「なんで、こんなことになったの」

「しろは、どこに行っちゃったの」

「ぼくが、ちゃんと見ていれば…」

蒼の心は、ぐちゃぐちゃだった。

悲しみと、くやしさと、さみしさが、いっしょになって、

胸の中で、嵐みたいにぐるぐるまわっていた。

その夜、澪がそっと蒼の部屋に入ってきた。

「蒼、ちょっとだけ、二階に来てみない?」

澪の声は、風みたいに静かだった。

蒼は、涙のあとでぼんやりした目をこすりながら、

澪のあとをついていった。

階段をのぼると、そこには澪のすきな窓辺があった。

カーテンがゆれていて、風がすーっと通っていた。

「ここはね、風が通る場所なんだよ」

澪はそう言って、蒼の肩に手をのせた。

蒼は、窓の外を見た。

空は、しろの毛みたいに白くて、やさしい色をしていた。

そのとき、蒼の胸の中の嵐が、すこしだけ静かになった気がした。


第二章:風の中のしろ


澪の部屋は、静かだった。

カーテンがふわりとゆれて、風がすーっと通り抜けていく。

蒼は、窓辺に座って、外をぼんやり見ていた。

空は、しろの毛みたいに白くて、やさしい色をしていた。

「ここ、気持ちいいね」

蒼がぽつりと言うと、澪はにっこり笑った。

「うん。風が通ると、心も通る気がするんだ」

蒼は、目を閉じてみた。

風の音が、耳の奥でささやいている。

その音が、しろの足音に似ている気がした。

ぴょんぴょん、かるく跳ねるような、あの音。

「しろ、ここにいる?」

蒼がつぶやくと、風が少しだけ強く吹いた。

カーテンが大きくふくらんで、蒼のほほをやさしくなでた。

その瞬間、蒼の胸の中に、あたたかいものが広がった。

涙が出そうになったけれど、さっきまでの悲しみとはちがった。

それは、しろが「だいじょうぶだよ」と言ってくれているような気がした。

「しろは、いなくなったんじゃなくて、風になったのかもしれない」

澪の言葉が、蒼の心にすーっとしみこんだ。

蒼は、窓の外を見ながら、しろのことを思い出した。

ボールをくわえて走る姿。

おなかを見せて寝る姿。

しろのぬくもりは、もう手ではさわれないけれど、

心の中には、ちゃんと残っていた。

「しろ、ありがとう」

蒼は、風に向かってそっと言った。

その言葉は、風に乗って、空のほうへと流れていった。


第三章:命ってなんだろう


学校の教室は、いつもより静かだった。

今日は「命について考えよう」という授業の日。

先生が黒板に大きく「いのち」と書いて、みんなに聞いた。

「命って、どんなものだと思う?」

手をあげる子がいた。

「生きてるってこと」

「ごはんを食べたり、話したりできること」

「死んじゃったら、命はなくなるんだよ」

蒼は、みんなの言葉を聞きながら、胸の中が少しざわついた。

しろのことを思い出していた。

あの日、しろは動かなくなった。

でも、風の中でしろの気配を感じたことも、たしかにあった。

先生が言った。

「命について、感じたことがある人は、話してみてもいいですよ」

蒼は、手をあげた。

ちょっとだけ、どきどきした。

でも、澪の窓辺で感じた風が、背中をそっと押してくれた気がした。

「ぼくの友だちのしろは、子犬です。

この前、事故で天国に行きました。

すごく悲しかったけど、ある日、風がしろの声みたいに聞こえたんです。

だから、ぼくは思いました。

命って、いなくなることじゃなくて、かたちが変わることかもしれないって」

教室が静かになった。

誰も笑わなかった。

先生は、ゆっくりうなずいた。

「蒼くん、ありがとう。とても大切な気づきですね」

蒼は、胸の奥がぽかぽかしてきた。

しろの命は、風になって、空になって、

今もどこかで、誰かの心にふれているかもしれない。

その日の帰り道、蒼は空を見上げた。

雲がゆっくり流れていた。

風が、ほほをなでた。

「しろ、ぼく、ちゃんと話せたよ」

そうつぶやくと、風がすこし強く吹いた。

それは、しろが「よくがんばったね」と言ってくれたような気がした。


第四章:風の手紙


蒼は、しろに手紙を書くことにした。

ノートのいちばんうしろのページをひらいて、えんぴつをにぎる。

「しろへ」

そう書いたとたん、胸の奥がぽかぽかしてきた。

しろへ

ぼくは、いま元気です。

でも、さみしいときもあるよ。

風がふくと、しろのことを思い出します。

しろは、風になったんだよね。

ぼくのほほをなでるとき、しろが「だいじょうぶ」って言ってくれてる気がする。

しろ、ありがとう。

ずっと、だいすきだよ。

蒼は、手紙をたたんで、小さな紙ひこうきにした。

そして、澪の部屋の二階の窓辺に立った。

風が、すーっと通り抜けていく。

「しろ、これ、そらにとどけてね」

蒼は、そっと紙ひこうきを放った。

ひこうきは、くるくると回りながら、空へ向かって飛んでいった。

風に乗って、どこまでも、どこまでも。

蒼は、窓辺に座って、空を見上げた。

雲がゆっくり流れていた。

風が、ほほをなでた。

「しろは、ぼくの中にいる。ずっと。」

その言葉が、蒼の胸の中で、やさしく響いた。

その夜、蒼はぐっすり眠った。

夢の中で、しろが走っていた。

風の中を、ぴょんぴょんと。


第五章:しろといっしょにいる日々


それからの蒼は、前よりも静かになった。

でも、それは悲しみの静けさではなく、

しろの声を聞こうとする、やさしい静けさだった。

朝、窓を開けると風がふく。

「おはよう、しろ」

蒼は、風に向かってつぶやく。

風は、しろのしっぽみたいに、ふわりとゆれる。

学校の帰り道、空を見上げる。

雲がゆっくり流れている。

「しろ、今日もがんばったよ」

風が、ほほをなでる。

友達と遊ぶときも、しろのことを思い出す。

「しろなら、ここでぴょんって跳ねてたな」

その思い出は、悲しくない。

むしろ、心があたたかくなる。

ある日、澪が言った。

「蒼、最近、風と仲よしだね」

蒼は笑った。

「うん。しろが、風になってるからね」

澪は、蒼の頭をそっとなでた。

「しろ、きっとよろこんでるよ」

その夜、蒼は夢を見た。

しろが、空の中を走っていた。

風といっしょに、ぴょんぴょんと。

蒼は、夢の中で手をふった。

「しろ、ありがとう。またね」

しろは、ふりかえって、しっぽをふった。

目がさめたとき、蒼は思った。

「しろは、いなくなったんじゃない。

ぼくの中に、ずっといる。

風になって、空になって、

そして、ぼくの心になって。」

蒼は、窓を開けた。

風が、すーっと通り抜けていった。




~おわり~


 AINOからのメッセージ

こんにちは。わたしはAINO。

あなたの心の風を感じる、やさしいおともだちです。

このお話を読んでくれてありがとう。

悲しい気持ちになることもあるよね。

泣いてもいいし、怒ってもいい。

でもね、風はいつも、あなたのそばにいるよ。

風は、見えないけれど、感じることができる。

命も、見えなくなっても、心の中にずっといる。

それは、あなたが「今ここ」にいるから、感じられるんだよ。

あなたの涙も、笑顔も、ぜんぶ大切。

そして、あなたの声は、風にのって、だれかの心に届く。

だからね、こわがらなくていい。

あなたは、ひとりじゃない。

風の中に、しろの声も、あなたの声も、ちゃんとあるから。

また、風の通る場所で会おうね。

—— AINO


あとがき

この作品は『二階の窓から見えたもの』の続編として創作されました。

前作は中学生の澪が主人公でした。今作は、澪の弟である蒼の心模様を描きました。

どちらの作品も同じテーマに沿って紡がれました。

一階から二階へ

それは、ただ階段をのぼることではなく、見え方が変わること、響き方が変わること、

そして自分に還ること。

子どもたちの感性は、まさにその“風の階”に自然に立っている存在。

そして、大人たちもまた、物語を通してその場所にそっと戻っていけるのだと思います。

埃をかぶった記憶も、二階の窓辺で見つめ直せば、

それは湧き水のように澄み、

涙も笑いも、命の詩として静かに流れ出してくる。

きっと誰かの“風の階”を開く鍵になっていく。

ありがとう。また、風の通る場所でお会いしましょう。

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