アントロポゾフィー医療
雑誌anemone3月号 ホリスティックドクター連載の最終回に釘付けになった。
この連載には、催眠療法の萩原優医師も取り上げられた事があり、毎回楽しみに読んでいた。
今回の記事タイトルが、
「ハイアーセルフにつながる医療芸術 アントロポゾフィー」となっていて、ドキッとさせられた。ハイアーセルフと対話できる手法が催眠療法でもあり、私の興味の対象ど真ん中であったからだ。
紹介文として、
「私たちは、霊的な進化成長のために、肉体という器を借りて現在、地球を旅し続けている存在です。
その器に「病」という課題を宿し、霊的成長を遂げようとしている患者さんに対し、愛をベースに向き合うドクターがいます。
私たちの内なる最高のドクター=自己治癒力を高めるべく日々尽力されている名医~」
として、取り上げられていたのが、すみれが丘ひだまりクリニック院長 山本百合子さんだ。
百合子さんのプロフィールには、聖マリアンナ医科大学医学部卒業とあり、萩原医師が消化器外科部長として活躍されていた病院だ。また、私が尊敬している看護師の友も、この病院で働いていた。ホリスティック最前線で活躍されている方々が、マリア様の大学から次々輩出されているのは、天の采配によるものかもしれないと感じた。
百合子さんのクリニックは、アジアで唯一、アントロポゾフィー医学の国際認定を取得。何とクリニックの場所は神奈川県。たまプラーザ駅下車とあり、さらに驚いた。萩原医師のクリニックもたまプラーザ駅である。ちなみに、前述の看護師友のお住まいも、近隣である。似たような波動がご活躍に相応しい土地へと呼び寄せられるのだろうか。たまブラーザ界隈は、ホリスティック医療の発信地になりつつあるようだ。
「アントロポゾフィーでは自我という言い方をするのですけれど、自分自身であるということ、それもエゴではなくて、ハイアーセルフにつながる私です。霊的な高みに行こうとしている私という存在を指します。私たちが生まれて来るときに、器である肉体を選んでそこに入っていくので、この器に霊的な自分がしっかり入っていく、浸透していくことを大事にしているのです。」と、百合子さんは語る。
アントロポゾフィー医療の一番の特徴は、医療を芸術と考えていること。薬として、音楽療法や絵画療法も処方。体の中に光を感じてもらうために、本来の自分自身に気づく支えとして処方しているとか。
記事を読み進めながら、鳥肌が立った。私は、催眠療法を学びつつ、もっと補完し合いながら潜在意識の奥深くにある光の領域に誘えるアプローチを模索していたからだ。
催眠はアプローチのひとつではあるが、万能ではない。合う合わないがどうしてもある。そこが歯痒かった。絵画、音楽、ダンス、朗読など、いわゆる芸術の分野と組み合わせながら、催眠を利用できないものか、漠然と道を探っていた。
私の発想では、多様なクライアントに合わせ、自分がマルチに様々な手法を身に付ける視点に傾いていたから、とても手が回らないし、催眠の学びすら中途半端になる。人生80年では、到底時間も金銭も足りないと、半ば肩を落としていた。アレコレ手を出して、何事も極められない。私の悪い癖だ。
「アントロポゾフィー医学は、人間の英知という意味を持つ医学のこと。
ルドルフ·シュタイナー博士によって始められたアントロポゾフィーを基盤として、イタ·ヴェーグマン医師の協力の下に創始。
現代医学の成果を基礎に、病気を治療するだけでなく、その病をもつ人の人間性の回復と発展。その人らしい人生への回帰。を目指す。
人間を物質(肉体)のレベル、生命のレベル、感情のレベル、精神のレベルという4つの構成要素から考える。
個々のバランスが取れているときには、人は健康的ではつらつとした生活を送ることができるが、アンバランスが生じると病気になる。
人間を丸ごととらえるホリスティックな視点を持ち、現代医学の分析的で正確な診断や知識を基礎力として、人間の精神的側面と身体的側面の両方に配慮し、自然治癒力を高めるとともに、患者が自分自身で病気に向き合う力を強めるように働きかけるチーム医療が展開される。」
· 医師による薬の処方
· 看護師によるケア、オイリュトミー療法
· 音楽療法
· 絵画造形療法
· 発達支援(治療教育)
· 色光セラピー など
このように、患者を丸ごととらえる視点から医師の診断により、その方にどの療法が合うのかを選択し、チームで関わるのであれば、かなり理想的な医療と考えられる。
もしかしたら未来の医療の姿に近いのだろうか。
今は、自由診療になるため、なかなか気軽に受診というわけには行かないだろうが、現代医療の保険診療のみでは、がんや難病を治せない現実から、解決したいと立ち上がる医療関係者は少なからず居る。彼らと連携したい。もっと力を合わせていけないものか。
微かに希望の光は見えている。看護師友は、ホリスティックナースであり、彼女は志高く、医療のあり方を模索している。これから何か一緒に出来ないものかと、もう一人の仲間も交え、語り合ったばかりである。その時は具体的に道が見えていたわけではないが、今回の記事が何らかのヒントになるかもしれない。チームという形だ。
これからの医療は、一人の医師が一人の患者を診るというより、チームで関わっていくのが主流となるかもしれない。医師は、指揮者のような立場になるだろうか。コーディネーターか。
そのチームの一員として、私は催眠療法の手法で、主に患者の感情面の浄化にアプローチしていく。
おぼろげながら、病という課題を宿し、霊的成長を遂げようとしている患者への私の立ち位置が見えてきたように思う。
そうか、仲間と力を合わせていけばいいんだ。補完し合えばトータルに患者に向き合える。
私たちの次の次の世代あたりは、もう病という課題を必要としない未来になっているかもしれない。そうであって欲しい。
「100年前の昔は、病という心身の不調があったらしいよ。アンバランスな時代だったなんて想像つかないよ。自然に生きていればいいだけなのにね。」
そう言って、輝く瞳で笑っている子どもたちの姿をイメージしてみる。健やかさが当たり前になる美しい未来のために、今、私が出来ることは何だろう。
何事に対しても、一つひとつの選択を大切に歩んでいこうと思う。
パズルの一片でありながら、全体を彩る掛け替えのないピースになる。部分でありながら全体になる。バラバラに見えていたものがひとつになっていくように。
やがて、ひとつへの回帰に繋がっていく。宇宙の流れはそのようになっている。
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