生命の本質とは

 催眠療法のセッションをしていると、魂の存在や、輪廻転生が当たり前のように、何の疑いもなく施術してしまう。しかし、この態度は、セラピストとしては一方的すぎるかもしれないと、反省。

セラピー前には、催眠とは何かをクライアントにしっかり説明をするのだが、その際に、クライアントが魂や、高次元存在について、どう思っているか、確認し、尊重しなくてはならない。

私自身、何回か施術を受けて、実際に前世らしき記憶が頭の中に描かれるから、そうなのかな?と思うだけである。魂の存在は100%確実だよ!と言う証拠は無い。

それにもかかわらず、前世療法により、潜在意識の深いところにアクセスしたクライアントは、大抵、大いなる気付きを得る。人生を肯定し、明るく前向きに生きる力を取り戻していく。

思い込んだだけだとしても、幸せになれるのであれば、療法としては有効だろう。思い込みとしても、魂の存在は確率50%は残されているのだから、あながち嘘でもない。あるかもしれないし、ないかもしれない。

催眠療法を受けようという人は、

「魂だって?どこにそんな証拠があるんだ!何の宗教だ?」と、頑なな態度で挑んでくることはない。そもそも、そんな人は催眠療法を受けないだろう。催眠療法は、本人の了解がなければ成立しない。決して強制できるものではない。

しかし、魂の存在について、半信半疑の人は多いだろう。世の科学者が誰一人証明していないのだから、当たり前なのだ。

このあたりを、今後どのようにクライアントに説明していけばよいか悩んでいたら、遺伝子の研究で有名な科学者の本に、なかなか良い表現を見つけた。

以下に紹介する。

「生命の連続性は、遺伝子レベルでも説明することができます。親の遺伝子は子に伝わり、子の遺伝子は孫に伝わっていきます。原始生命の時代から、このような遺伝子の継承を連綿と続けてきた結果として、いまの私たちが存在しています。ですから、私たち一人ひとりが、三十八億年の地球生命の歴史を背負っているのです。

それでは、生命の本質は遺伝子であると言えるのでしょうか。それは違うと思います。なぜならば、遺伝子は生物の設計図にすぎないからです。

(中略)

では、生命の本質はどこにあるのか。それはよく分かりません。ゲノムのすべてを解き明かしたとしても、生命の本質を明らかにすることはできないでしょう。

魂というものがあるとすれば、まさにこの生命の本質の中にあるのではないかと思いますが、それを知るのは、現代の科学では手に余ります。魂は存在するかという問題は、物質レベルや遺伝子レベルなど、現代の科学によっては証明することはできないということです。

(中略)

たしかに、死後の世界を科学的に証明することはできません。しかし、逆に死ねばすべては無に帰してしまうということを証明することもできません。つまり、魂はあるのかないのか、その確率は五分五分だということです。

確率が半々ならば、あとは信じるか信じないかの問題になるでしょう。

(中略)

ヒトにとって何がしあわせなのかなどという問題は、科学が立ち入る話ではありません。一生懸命生きてきて、死ねば、自分より先に死んだ人々に会えるということを信じられる人は、それを信じればいいのです。

それだけで、幸せになれるからです。それもまた、死を乗り越える方法の一つだと思います。私も、死ねば両親に会えると思いながら、死期を迎えたいと思います。それによって前向きで充実した人生が送れるなら言うことはありません。ですから、私は、魂はあると信じているのです。

ただし、私が想定する魂は、生きているいまの自分が意識している心とは違うものです。うれしくなったり、悲しくなったり、怒ったりなど、意識できる心は、肉体とともに滅びるでしょう。

一方、魂とは、無意識の世界と関係していて、通常はそれを意識することはできません。魂と無意識が関係している、ということもまた証明されているわけではありません。だから、昔から神仏の世界は理性や意識の範囲では捉えられないと言われているのだと私は思っています。

このように、魂と心を分けるという考え方をするのは私だけではありません。面白いことに、どの言語でも心と魂には別の言葉が使われています。これは、どの民族も心と魂を区別しているということでしょう。

つまり、どの地域の人も、人間は

「身体」と「心」と「魂」

からなっていると考えているということにならないでしょうか。このように、心と魂を分けて考えてみるのも、生と死の問題の一つの考え方なのではないでしょうか。」

『コロナの暗号~人間はどこまで生存可能か?』筑波大学名誉教授 村上和雄 著

幻冬舎 出版

128~131頁より

上記の本は、魂の言葉に溢れていると感じた。

本当はもっと、ご紹介したいことばかりの珠玉の内容が列なっているのだが、結局、全部書き出していたら、一冊分になってしまうので、気になる方は、図書館で借りてほしい。

主に遺伝子の観点から語られているが、生命とは何かを深く問われている気持ちになってくる。とても美しい内容だ。利他的遺伝子をONにするという話は、涙が止まらなくなった。悲しいとか、そういう訳ではなく、私の魂が反応していたのだ。人は、魂レベルで何かを捉えると、なぜか分からないが涙が出るという体験をする。私は、魂の本質である崇高さに触れた時に、この反応が出るのでないかと思っている。

村上教授は、昨年、他界されたそうだ。

あちらの世界へ行って、ようやく教授も、魂の神秘について確証を得ただろうなあ。

いつの日か、魂の存在も論文を発表できるようになるかもしれない。


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