分かっていないということの正体

 あなたは、何も分かっていないと、責められた経験はあるだろうか。思春期の子どもが母親に、付き合い始めのカップルが恋人に、更年期の妻が白髪混じりの夫に······

相手を責めたことも、責められたことも、きっとあるのでは。

私は、人生で二回、責められた経験がある。忘れられない思い出だ。(反対に、自分が相手を責め立てた記憶は都合よく消えている。)

一回は、昔勤務していた図書館でトラブルになった時。

その人はコミュニケーション障がいと思われる青年だった。時々、トラブルに発展し、他のお客様が機転を効かせ110番し、お巡りさんが続々駆けつけた時はさすがにビックリした。(基本、地域のお巡りさんは、とてもあたたかく優しい。)

傘で威嚇されたり、カウンターに立て籠られたり色々あった。長い付き合いの利用者さんだった。とても面倒な人ではあったが、彼の居場所を奪う意図は誰も持っていなかった。

その時は、原因は忘れたが、彼の気に入らないことがあり、大声を出された。大きな声を出さないよう注意をしたところ、「お前に何が分かる！(俺のことを)何もわからないくせに！」と怒鳴られた。ただ、その声があまりに悲痛で、１０年以上経った今もたまに思い出し胸が痛む。彼の孤独や心に吹き荒ぶ乾いた嵐を感じ、分かりようがないほど、遠くに彼がいると思った。

今の世の中に生き辛いキャラクターの人もいる。そんな人が少しは安心して社会と接点を持てたのが、図書館だったのかもしれない。彼は、ほんの少しでいいから、誰かに分かろうとして欲しかったのかもしれない。彼の叫びは、何故か私の中にこだまし続けている。

もう一つの経験は、やはりだいぶ前、地域で仲間たちと、ちょっとした活字のイベントを開催した。その時の仲間の一人から、「あなたは、何も分かってない！」と叱られた。

そのイベントは大成功だったのだが、私は準備にかなりエネルギーを注いだため、おそらく燃え尽きたのだろう。イベント終了後、ひどい鬱状態に陥ってしまった。数人の仲間が集まり、私の心の内を聞いてくれる機会があった。その時に、彼女から「あなたは私たちを信頼していないのだ！」と指摘された。私は素直に反省し、そうか、私は人を信頼できない性格なんだなあと受け止め、皆に謝った。その日、メンバーと握手し、肩を組んで、心機一転、次の企画に取り組んでいくつもりだった。

しかし、彼女だけは、その後も許してくれなかった。彼女の怒りは、燻り続けた。「あなたは、これをいい経験をした。学びになったと言って、どんどん進んでいこうとする。私たちを置いて。私たちにだって、抱えている暗いものがある。」たしか、そんなことを言っていた。経験を学びにし、成長していくことを否定しているのだろうか？意味がよく分からなかった。闇から目が覚め、気持ちが軽くなり、次に飛び立とうとする私を彼女は許せなかったのだろうか。彼女は、私に踏み台にされたような、使い捨てにされたような気持ちになったのであろうか？今でもよく分からない。

そのうち、何をメッセージしても「あなたは何も分かっていない。」と返信され続け「何も分かっていないので、いったい何なのか、教えてください。」と平身低頭お願いしても、「だから！何も分かっていないじゃないか！」と、さらに炎上。大切な仲間だったが、関係を続けることで精神的に荒んでいく一方だった。私は、関係回復を諦めた。そして、仲間からそっと去った。

彼女と関係を絶って一年後だったろうか？とある映画上映のボランティア説明会で、偶然彼女に出会った。私は、何か言われるのが怖くて、咄嗟に気がつかない振りをした。しかし、思いがけず、彼女から満面笑顔で話しかけられとてもビックリした。何も分からない私を許してくれたのか？過去に何もなかったかのような清々しい笑顔だった。

彼女の側には、人柄の良さそうな彼氏が座っていた。私も顔だけは知っていたが、そうか、この人と付き合い始めたんだ。と知った。彼女は、素敵な出会いがあり、心が満たされたのだろう。とても柔らかな表情になっていて、私はほっとした。「あなたを分かってくれる人に出会えたんだね。良かった。幸せにね。」心の中でエールを送った。

さて、この二つの経験から今思うこと。

人間は魂の存在だ。元々、エネルギー体である高次元の存在であった魂は、宇宙根源と繋がり、そこから分離した多くの存在とも意識を一つにしていた。ワンネスと表現される。

しかし、魂は、わざわざ次元を低くし、宇宙根源から出来るだけ遠くに離れる体験をするために地球上で肉体を持った。三次元体験を成功させるため、魂は、本来の自分を忘れる仕組みとしてエゴを使った。忘れることを「眠る」と表現されることが多い。

三次元体験は、人間が本来の自分と繋がれなくなることで成功してきた。本来の私たちは、愛の存在だ。本質と繋がれないということで、私たちは日常的に満たされない気持ちを抱く結果を招いた。「眠り」の成功だ。

誰も私のことを分かってくれない。

そんな淋しい気持ちになったことは誰もが経験していることだろう。わざわざ分離し、愛の対極を体験しているのだから、満たされなくて当たり前なのだ。しかし、それは誰かのせいではなく、自らが選択した結果だ。

「私のこと、分からないくせに！何が分かるんだ！」

目の前の相手に腹を立てているようで、実は、自分に怒っているのではないだろうか？

私たちは、実は自分のことが一番よく分からない。生まれてから親や学校や社会から、自分ではない誰かになることを求められてきた。誰かの理想の人間になろうと努力してきた。エゴがそれを助けてくれた。本来の自分は、長年、声を聞いてもらえないので、すっかり不貞腐れてしまった。なので、時々、トラブルに便乗し本来の自分が悲痛な声を上げるのだ。目の前の誰かに自分を投影し、叫ぶ。「私のこと、何も分からないくせに！」という言葉を借りて。

「私を見て。感じて。本来の私を生き返らせて。本当の私をもっと知ってください。」翻訳すると、こうであろうか。

「何も分からないくせに。」の台詞には、どことなく、愛という名の猫の尻尾を掴もうとしている子どものようなピュアな願いを感じてしまう。

愛の対極は、こんな感じなんだ。正反対の自分を経験することで、より自分を深く理解する準備は整った。さあ、そろそろ、本来の自分に帰ろうかな。そうしてUターンを始めた魂は、本来の自分と繋がり直すこと、「目覚め」を意識するようになっていく。

特に今年に入ってから、不思議なのだが、「私のこと何も分からないくせに！」という気持ちにならなくなった。目の前の人とあまり気持ちのすれ違いを感じなくなったようだ。

原因の一つは、気持ちの噛み合わない人に物理的に会わなくなったこと。(コロナ渦、大病、フルタイムの仕事を辞めたことが大きく作用している。一見、マイナス要因だが、私には必要な出来事だった。人生はうまく出来ている。)

反対に、新しく出会う人々が、皆、気持ちの良い方ばかりで、楽しくて幸せな関係ばかりになったこと。風の時代になり、同じような波動の人間関係しか成り立たなくなる。と聞いたことがある。本音を隠し、相手に気に入られるために架空の自分を演じる必要がないので、本来の自分が安心して姿を現してきたのかもしれない。

原因の二つ目は、本来の自分を意識するようになったことかも。何かにもやっとしたら、自分に問いかける。「私、どうしたい？」と必ず奥深くに居る私の言うことに耳を澄ませる。本質の私は宇宙根源に繋がる愛の存在なので、安心、平和、穏やかな心境で過ごす時間が多くなった。一人で過ごしていても、淋しさはない。すべてが満たされていて、生きるために必要なことは既に与えられている。という気付きがあるから、目に映るすべてが美しく輝いて見える。

もしも

誰かに対し、「分からないくせに！」という腹立たしい気持ちになったら、まずは自分で自分を抱き締めてあげてほしい。あなたがあなたに向かい、「私を分かってください！」と訴えているのだから。あなたの心の満たされない部分は、本質からあまりにも離れてしまったから空いてしまったもの。本来のあなたは、愛で満たされた、宇宙で唯一無二の素晴らしい存在なのだ。まず、それは信じてほしい。

それから

もし、誰かに「分かってない！」と責められたとしたら。とても悲しいし、分かってあげたいけど、テレパシー能力もないし、分かってあげられなくてごめんなさい。というやるせない気持ちになるかもしれない。しかし、分からない自分を責める必要はない。相手の心の隙間は、誰にも満たすことは出来ない。本当の意味でそこを愛で満たせるのは本人以外にはいない。私たちの出来ることは、相手が自身を満たし、安心して穏やかに生きる未来を信じて祈ることだろう。一人ひとりの学びを尊重し、敬意を持って、接していくしかない。相手にどんなに責められようが、なじられようが、相手の学びと自分の学びは切り離し、あくまで自分の心の状態を中庸に保つ。「そうなんですね。」と、ただ言葉をかけるのみ。自分の心はいつも穏やかで平和であり続けたいものだ。

自分が何者なのかを知ることは、人間の永遠のテーマだ。「何も分かっていない」から、知りたくて私たちは山あり谷ありの人生を生きるのだ。そんな深淵なテーマを投げ掛けてくれる人と出会えたならば、「おお、仲間よ！」と、握手したくなるかもしれない。「互いに大いにもがこうぞ。」と。

せっかく地球に降り立ったのだ。人間体験を存分に楽しみましょう。分離も統合も、どちらも大切なプロセスなのだから。

魂は、楽しいからやっている。学び、とか成長のため。と言う人もいるが、「楽しむ」という軽い波動の意識が、一番近い。

どうやら、それが宇宙の真実のようだ。