光は丸い
今朝の日の出を撮影した。
曇ひとつ無い空に、太陽の光のみが存在感を放っていて、まるで、光の本質に対面させられたかのような衝撃を受けた。
光は丸いんだなあ〜とあらためて思う。
丸い形は、いろんな意味を象徴している。
陰陽、循環、輪、永遠、融合、愛、優しさ、宇宙源、生命、創造などなど、丸から連想するものは、新しい地球への移行に向けて、キーワードになる言葉ばかり。
昨日あたりから、パラレルワールドについての本を読んでいる。
思考が現実を創る。現実はホログラム。顕在意識だけでなく潜在意識(思考癖、閉じ込めた観念など)も現実を創ってしまう。自分の出した波動が共振するものを引き寄せる。と、ざっくり言えば、こんなところ。
眼の前に現れる出来事を見ていれば、自分の内面から発している波動がどんなエネルギーか、一目瞭然ということ。不快な出来事が起きたのは、外側の環境や、誰かのせいではなく、責任者は私。私が創った。ということ。この宇宙を創り出すパワーは、すべて私の内側にある。
起きる出来事を嘆くのは、気に入らない絵を描いて、絵の具や紙質、先生の教え方のせいにしているのに似ているかも。
イヤイヤ描くのと、楽しんで描くのでは、出来上がる絵のエネルギーは違ってくる。のびのびした線で描かれた幼子の絵に感動することもある。上手い下手ではなく、どんなエネルギーで描いたかが、作品の醸し出す力になる。高価な画材や、優秀な先生に師事したかどうかなど、ほとんど関係ない。
私は、美術館に飾られた有名な絵よりも、障がいを持たれたお子様たちの、伸びやかな絵を観てハートを揺さぶられることの方が多い。自然に涙があふれ、命は美しいと、より根源につながる意識に誘われる。一つひとつの現れが、尊いと感じる。その崇高さの前では、ただ、涙を流すことしかできなくなる。
もし、心が乱されるような、不快な出来事が眼の前に現れたなら、原因となった何かを責めたり、変えようとする前に、こうしてみる。
自分の内側にどんなエネルギー(感情、観念、記憶)があって、これを引き寄せたのかな?と考えてみる。無意識を意識する。内側の陰になっているところに光を当てるイメージ。
数分、意識化をやってみると、あら不思議。同調するエネルギーに気づけるものだ。その不快な出来事と同じエネルギーが、自分の中にちゃんとある。そこを見ようとするも、見ないようにするも、自分次第。思考による現実創造は、自分が体験したい世界なのだ。
内側の、原因となったエネルギーを感謝して手放せば、もう同じ現実は創造されない。反対に、何度も出てくるということは、まだ、私はそれを体験したい。(遊びたい)ということ。だって、心底嫌なら、何とかするもの。真剣に現実を変えようと意図するなら、必ず必要な情報や、人物に出会うようになっている。その不快な現実創造を繰り返すのは、そこに隠されたメリットがあるからだ。(たいていは、耳に痛いことなので、なかなか直視できない。)
私は、昨日あたりから、とある人物の思考癖に晒されていた。より苦しい現実を創り出すループにハマっている方。いくつかアドバイスさせていただいたが、翌日になると、その方の悩みは深くなっている。ああ言えばいいのかな〜?この例で説明すべきかな〜?と、私も悩みのループに入り込んでしまった。
そして、ハッとした。
パラレルワールドがあるのなら、思考癖に苦しむその人物が、笑って安心して生活しているパラレルもあるはず。私が同調して引き寄せている?
「悩んでいる人々を導きたい。」というエゴに気づく。つい、役に立つ人になり、みんなから感謝されたい。と思ってしまう私の思考癖こそが、悩んでいる人ばかりを現実に登場させる。誰かの悩みに寄り添う自分を味わいたい。それは、外側に役に立つ自分ばかりを求めてしまう。つまりは、自信の無さ。自己評価の低さが私の中に依然として存在するのだと気づいた。
私が導かなければならない人など一人もいない。すべては、私のエゴが創り出す幻であり、幻の満足しか得られないため、次々と困った人々の出現を必要としてしまう。まるで海水をガブガブ飲んで、喉の乾きを癒そうともがいているかのよう。
あ、そうか。
このことに気づかせるために、その悩み多き人物が、登場してくれたのだ。すべては、私の成長のため。起きることすべてベストということは、本当なんだなあ。どんなご縁も、感謝しかないのだ。
波動の法則のことは、知識で知っていたけど、真に理解していなかった。知識を知恵にするとは、こういうことなんだ。真に役立つ知恵を身に着けるのは、反復練習が大切なんだ。
波動ステージを移行するタイミングに差し掛かると、必ずお試しがやってくる。
本当に身に付いたのかな?と、自分が自分に抜き打ちテストを出してくる。こうして、高次元意識の自分(ハイアーセルフ)は、物質次元の自分を導いていく。魂の求めに応じて。
ショーゲンさんは
人と人の間には、あたたかい境界線がある。とお話をされていた。境界線は、海に沈む夕陽が海面に描く光の道で表現されていた。とても分かりやすいイメージだ。
眼の前にいる誰かに起こっている困難は、その人の魂にとって、大切な体験なのだと思う。だから、その困難を取り除くことに執着しても、必要な学びに至れなければ、また別の困難がやってくる。あたたかい境界線を引くとは、こういう意識を持って相手と接するということではないだろうか。
相手からお話を聴くことで、私も刺激をいただく。もし、異質なものと感じるなら、排除するのではなく、この異質さを、引き寄せた私は、何をここから創造したいのかな?と思う。そして、自分の内面に目を向けるきっかけをくださった相手に心の中で感謝する。
「現実を味わい、楽しみなさい。
愛しか存在しないのだから。私たちは、愛以外にはなれないのだから。」
このメッセージは、先日Kさんの潜在意識からいただいた言葉だ。
光は丸い。
本質のエネルギーである光に、私たちの意識は戻っていく。
そんなことを想った朝の出来事を書いてみた。
※パラレルワールドの基本概念については
『パラレルワールド』ミナミAアシュタール著
を参考にした。複雑なパラレルワールドをここまで噛み砕いて説明した本はなかなか無い。読み物としても、おもしろい。詳細を知りたい方にオススメ!
さっきふと想った。
パラレルワールドって、ドリフのコント
「もしもこんな◯◯があったら」シリーズみたいなものじゃないだろうか?
例えば、八百屋が舞台でも、いろんな選択で、まったく違うドラマに発展し、枝分かれした先はもう交わることはない。どこで笑えるか予想がつかないから、メチャクチャ面白かったんだと思う。
その番組を眺めて楽しんでるのが、絶対無限の存在=一つから無数に分かれて個性をまとった意識(固有の振動エネルギー)
ドリフコントって、神芝居だったんだな。
☆清水友邦氏
10月29日FB投稿よりご紹介
「調和した宇宙の力は、丸い輪の形をとります。
精子のしっぽは、左巻きの螺旋構造をしていて螺旋を描きながら泳いでいます。
精子と卵子が結合した受精卵は、細胞分裂すると右回り(時計回り)に螺旋のダンスを始めます。
太陽系の惑星は、金星のみ右回りで後の惑星は左回りに公転し、左回りに自転しています。
銀河は、北極星の方から見ると右回りに公転しています。
太陽系は、螺旋を描いて約2億2600万年かけて銀河を一周しています。
地球の形も太陽系も銀河系も、電子も素粒子もありとあらゆるものが、輪を描いて動いています。
宇宙と生命は、螺旋のダンスをしています。
縄文の人々は、丸い輪の形をした土と木と石でサークルを造り、広場を中心に竪穴住居を同心円形に配置していました。
アメリカ・インディアンは聖なる歌を歌いながら手を繋ぎ、円を描いて回わるダンスをしました。
縄文の人々も火を焚いて、それを中心に輪になって踊っていたと思います。
今でも盆踊りは、輪になって踊ります。
『世界をつかさどる聖なる力はすべて、輪の形をとる。
空は丸いし、大地も球のように丸い、星たちもみな円い。
一番強い風は、丸く、渦を巻いて吹く。
鳥は丸い巣を作るが、それは鳥も私たちと同じ信仰を持っているからである。
太陽も輪を描いては昇り、そして沈んでいく。
月も同じだ。そして、太陽も月も円い。
季節さえも、一年経つと
大きな輪を描いて必ずもといた場所に戻ってくる。
人の一生も、子どもから子どもへと、輪を描く
こうして、あらゆるものすべては、円環に働く。』
ブラックエルク(オガララ・ラコタ族)
この世の全てのものは、聖なる輪であるメディシン・ウィールの中で調和して存在しているのです」
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