空のエネルギー高まる リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 8月 08, 2023 ※写真2枚目は、気づいたら、スマホが勝手に異次元ぽく加工?してくれたもの。私だけでなく、宇宙友四人とも感じたこと。確かに、8月8日前後シリウスにつながるエネルギーが降り注ぐからなのか空のエネルギーが明らかに高まっている。N県に出かけた友人は、宇宙船にまで遭遇。私のアルバイト先には天使がいっぱい遊びに来た(笑)8月9日ザーっと降ってばぁっと晴れた空の変遷闇も学びにきたことのひとつ学びだと思えば達観できる リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
和解〜そして次なる冒険へ 10月 05, 2024 私は、とある人物へ向けて、報告のつもりでこのブログを書いている。 殆どの方々にとっては、一個人の取るに足らない日常の記録である。 しかし、一個人ではあるが、魂の成長のささやかな記録でもあり、宇宙全体を織りなす一筋の糸であることも確かだ。 もし同じように人生の駒を進めている方がいるのなら、答え合わせの意味もあるのかもしれないので、そっとここに書き綴っておこう。 ご縁は人知を超えて紡がれているものだから。 ☆母と義父の和解 10月5日 母と姉が我が家に、四十九日前のお参りに来てくれた。 夫の父親が9月20日に群馬県の病院で息を引き取った。その日のうちに御遺体を東京へ搬送し、三日後には滞りなく荼毘に付すことが出来た。義父の表情は清らかで、満足そうに微笑んでいた。意識不明のままの四カ月、点滴だけで命をつないでいたのだが、やせ細ることもなく、まるで幼子が安眠しているかのようなスッキリしたお顔で、静かに逝ったのだった。 夫の両親と私の両親の確執は、30年ほど前に遡る。このブログの題材に取り上げたこともあるので詳細は省くが、要するに、私の両親は夫との結婚に大反対で、私はいわゆる勘当された娘であった。結婚前に、夫の両親が遠路はるばる私の実家へ挨拶に訪ねてくれたのだが、玄関先でけんもほろろに追い払われたのであった。義母はその時、たいそう傷ついた。その後、義母は癌を発病しこの世を去った。義父は大きな喪失感を抱えながらもその後30年、頑張って寿命を全うした。 玄関先で追い払われて以来、私の実家と夫の両親の交流は行われなかった。20年ほど前から、夫は私の両親に受け入れられ、何とか関係を修復してはいたのだが、義父と私の両親は顔を合わせることは無かった。 私の父は今年の1月に亡くなった。父が生前書きつけていた備忘録のようなレポート用紙に、「〇〇くんのお父さん」と、メモが残されていた。死ぬまでに、何とか縁をつなぎたいという思いを残したのだろう。父なりに、悩んでくれていたのだろうと思う。両親が義父に会いたいと申し出てくれたのを頑なに拒絶していたのは、私の方であった。もうこれ以上、夫の家族を傷つけたくないという思いもあったが、どちらかというと、自分の心の闇に向き合うのが怖かったのだろうと思う。この闇については、2021年秋以降、催眠療法を学ぶ過程で、少しずつ癒しを進めてきた。私は、心の奥底... 続きを読む
魂の涙 7月 30, 2024 涙には二種類あると思う。 悲しいとか悔しいとか、感情を伴う涙。これは思考である程度、涙の意味を説明できる。 もう一つは、魂が流す涙。なぜ涙が出るのかわからないから全くもって説明が出来ない。ハートの反応としての涙。 つい先ほど、急に空が真っ暗になって、激しい雷雨になった。まるで登山の時に、雲の塊の中に放り込まれた時のよう。街全体が雨脚で真っ白に煙り、強風に晒された。やがて雨は止み、空は明るくなった。玄関の扉を開け、雲の切れ目に青空が覗いているのを確認した。 玄関の扉を閉めながら、ツーっと、涙が流れているのに気がついた。全然、感情を伴う涙ではないのだからあれ?と戸惑った。理由が分からない。 そこで、ああ、私の魂が涙を流しているのだと思ったのだ。魂には魂遍歴を理由とする何らかの感動があるのだろう。それはハート辺りで感じる。思考を介さないので、「私が泣いているのは◯◯が原因である。」と言葉で説明することは出来ない。 理由は、肉体を超えた存在の魂が知っているのだから、無理矢理思考で腑に落とす必要は無いと思う。しかし、顕在意識は戸惑っている。自分の肉体や感情を超えた「私」とは、なんて広大で神秘的で不思議な存在なのだろうと。 魂の涙は今までも何度か経験してきた。今ふと思い出す場面は二つある。 もう20年近く前のこと。当時、知人の会社をボランティアで手伝っていた。あるイベントの日に、会場にその知人の娘さんがお手伝いスタッフとして参加した。ちょうど大学院で学んでいるというハツラツとした女性だった。彼女とは初対面だった。スタッフの役割として、私は彼女とお弁当の買い出し出かけた。道すがらおしゃべりしながら私はずっと泣いていた。涙が止まらなかった。なぜ初対面の彼女と肩を並べて歩くだけで?と理由がわからなかった。敢えてハートの震えを言葉にするなら、彼女の存在そのものに感動していたとしか言いようが無い。彼女と実際に会ったのはその日限りであった。知人とは15年以上ご縁があったが、あるきっかけでプツリと見事に縁が切れた。もう会うことは無い。今あらためて思い出しても、不思議である。いやしかし、あの涙は何だったんだろう。 もう一つは、結婚する前にお付き合いしていた頃の夫との出来事である。互いに初々しい若者同士だった。部屋で二人で話をしていて、突然夫が涙を流し出したのだった。もう、その有り様は... 続きを読む
透明になっていく 8月 03, 2021 毎日暑い。 皆さん、体調は如何だろうか。 私は、熱中症には気をつけているつもりだが、昨日朝、職場である図書館へ歩いて向かう際に、(徒歩2分の近さ!)太陽光線の強力さに、微かな吐き気を感じ、ヤバイと思った。水をガブ飲みし、直ぐ様排出されてしまう。水は常温でチビチビ飲むのが鉄則。分かっちゃいるが、冷たいミネラルウォーターを一気飲みする爽快感から抜けられない。いつまでも若者気分では身体はついていかない。自分のことは棚に上げて、何だが、暑さ本番、気をつけてください。 今朝は、野菜たっぷり、鶏肉トマト味スープをコトコト煮込んだ。冷蔵庫にある野菜類を適当に切り分け、チキンコンソメとトマトの缶詰で味付けしたシンプルなスープ。 弱火でコトコト煮ながら、際限なく出現するアクをひたすらすくっていく。すくってもすくっても、アクは漂う。 若い時は、料理が嫌いだった。アクをすくった試しはなかった。煮込み料理は、アクまみれのまま食卓に。理由は、面倒だから。別に、アクを食べたって、病気になるわけじゃないし。面倒くさがりながら、やっとの思いで作ったカレーやスープを何も言わずにモリモリ食べてくれていた夫には、感謝しかない。味は、濁っていたんだろうなあ。雑味まみれの料理は、私の精神そのものだったろう。 定職を離れ、二年近く静養し、最近始めたアルバイト。昔の自分の未熟さを思い知らされ赤面することが多い。図書館の指導役の方を見るにつけ、目に見えるほんの一部の狭い狭い世界だけを見てそれが全てだと疑わなかった自分と今、現実を通して対面している。当事、私がいかに周りに許されていたのか、痛感しすぎて胸が痛い。あれもこれも、昔の私、そのものだ。片寄った正義感で断じていく危うさ。これが因果応報なのだろうか。私が発したエネルギーは、やがて確実に自分に還ってくる。自分が過去してきたことなので、都度、反省とともに体験する。その度に、当時の相手に向かい、心の中で謝罪する。「あなたを受け入れなくて、許せなくて、信じなくて、ごめんなさい。」と。謝る相手は山ほどいる。いつ尽きるかわからない。 そんなことを思いながら、今朝のスープ作り。アクを根気よくすくう。少しでも透き通った味になりますように。濁りを発見し、一匙一匙、取り出していくのみ。アクも、人生には大切な醍醐味だ。雑味があったからこそ、人生は彩り豊かになった。苦味、苦... 続きを読む
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