魂は修行好き


 写真は、昨日、事前にオラクルカードを引いておいたもの。「安心、穏やかさ、癒し、気付き、魂のつながり、むこうの世界への使者」というエネルギーを読み取った。

昨日、スカイプで遠方に住む方と6時間宇宙会議をした。その方とは、地球に転生するより遥かに前。エネルギー体だった頃からの知り合いだと感じている。そして、宇宙源から離れて、分離を繰り返す過程で、同じ魂から発生した双子(もしかしたら三つ子とか五つ子かも?)ではないかと、感じている。他の片割れは未だ再会していないため、今のところは宇宙的双子と捉えておく。

魂の双子の面白いところは、地球転生で、同じような体験をし、同じような学びを経ているところ。私たちは、男性と女性という正反対の肉体に分かれることで、同じ課題を二通りから体験するという、欲張りコースを選択したようだ。

とあるレストランでフルコースAを注文したいのだが、同じコースでも、スープはコーンかコンソメか。メインはウェルダンかレアか。デザートはケーキかアイスかなど、微妙に違う。どちらも食べてみたい。でも、胃袋はひとつだし、二つ頼んだら食べきれない。「そうだ!体を二つに分けたら、どっちも食べれるよね!後で、どんな味わいだったか、シェアし合えばいいよ!」と、ポンっと、魂を分けてみた。と想像してみるとよいかも。なんて食いしん坊なんだろう。

魂は、自由意志を持ち、様々な体験を通し、その学びや気付きを宇宙クラウドへ保存していく。ありとあらゆるパターンで、考えつく限りのバリエーションで体験する。それが楽しい。

魂の双子の片割れを○さんとする。
○さんとは、互いのプロフィールを交換し、共通点のあまりの多さに驚愕した。○さんには、私の夫の要素も入っているから、さらに面白い。昨日は、○さんのお母様のお顔が、私に似ていると判明した。次々判明する共通点に、「私たちは、魂双子で、何らかの理由があり、今世で出会わされたのではないか?」と、思う方が辻褄が合う。

どうして、今という時期に再会したのか。その理由を○さんは、「答え合わせでは?」と言う。

1ヶ月前に、初めてリアル対面した。とある神社の階段で上から知人が二人の写真を撮影してくださっていた。その二人の姿が意味深く象徴的に感じたと言う。階段○段目を、同じような歩調で、隣り合い、昇っている姿。

今までは、互いに姿が見えなかったから、独りで人生という階段を昇ってきた。しかし、壁があったから分からなかっただけであり、昨年突然その壁が取り払われた。私たちは、隣に同じ歩調で同じ階段(人生コース)を昇っている存在に気づく。

時には、先になり、後になり、進むのであろうが、「この○段目を昇ったら、△△という気付きがあったよ。」「私も!さらに、♡♡という発見もしたよ。」「先に体験したけど、♢♢というやり方でうまく解決したよ。」「ありがとう。その方法でもやってみるね。」と、シェアし合うことで、より立体的に人生を味わえることになったのだ。

本来は、肉体の死を迎え、魂の故郷に戻ってからゆっくり振り返り、シェアし合うのだろうが、私たちの魂は、欲張りコースを選んだ食いしん坊だ。「肉体を持ったまま、最終段階は答え合わせしながら昇ってみようよ。きっと二倍美味しいにちがいない!」と、転生前に盛り上がったのだろう。

と言うわけで、今は別々の肉体に入り、それぞれの現実を体験している。普段は、密に連絡を取り合うわけではないが、たまにZoomやスカイプで会議を行う。(昨年秋以降。今回は三回目)同じような感性だから、話題が尽きない。

ほんの一例だが、私が前日に自然農の本を買ったと、ちらっと話したら、○さんは自然農法の書籍を既に持っており、自らの体験談を詳細に語ってくださるなど。私の興味のあることは、たいてい、○さんの大量の蔵書の中にあるので、毎回が読書会のようになり、すごく楽しい。著書名をメモし、後で図書館で借りたり、Amazonで購入したりしている。

そんな多方面に渡る話題の中で、魂は修行好き。という話になった。おそらく、前世で仏道に入り何らかの修行を繰り返してきた魂に多い傾向かと思う。

現実は、自分の想念が創る。その宇宙法則も仕組みも、必要な知識は蓄えている。目の前の現実は、自分の内面世界の現れである。分かっているなら、わざわざ苦労すること無いのに。手放して、浄化して、さっさと楽すればいいのに。なぜか、苦しみを繰り返す。その痛みは、肉体にも精神にも影響する。この1ヶ月、互いに痛みを味わっていた。答え合わせをしたところ、「心底、修行が好きなんだ。」と理解した。渦中にある時は、苦しいし、そこから逃れたいと必死にもがいている。しかし、乗り越えて一息ついた時に我が身を振り返ると、思わずクスッと笑ってしまう。どれだけ修行好きなんだ。と。

○さんが、分かりやすい例えで説明してくださった。

RPGのゲームと同じ。宇宙にあるものは、現実世界にもある。すべてフラクタルだ。
ゲームでは、初回モードでは、主人公はとても弱い。いろんな困難な場面をクリアし、役立つアイテムを増やして強くなっていく。二回目モードは、ゲットしたアイテムを保持したまま、最初からストーリーを体験する。強くなっているので各困難場面でも、クリアが早い。さて、ゲーム好きなら、三回目はどうするのか。わざわざ、ゲットしたアイテムを消去して、さらにハードなストーリーに挑戦したくなるのだそうだ。これをナイトメアモードと言うらしい。

これを魂の転生と比較すると、理解しやすい。「ナイトメアモードに挑戦」=「修行好き」人生ゲーム、最終段階、最高に楽しんでこのゲーム回を味わっているのが、私という意識の正体だ。

もう、既に知っている。ゴール(覚醒、悟り、本質への気付き)は、今、ここにある。これは、誰にも言えることだ。人類100%、同じ条件にある。誰が優れているとか、劣っているとか、進んでいるとか、遅れているとか。そんな話ではない。元々ひとつの意識が、ゲームを楽しむために意識を無数に分けた。それぞれが、満足するまで、地球ゲームを楽しめばいい。

人間がエゴで感じる楽しみと、宇宙源が求める楽しみは、次元が違う。人間は、主に肉体の欲求を満たす楽しみにフォーカスする。肉体を保持する本能もある。死んだらゲームオーバーになってしまうから、加減が必要だ。だから、ここで言う「地球ゲームを楽しむ」は、魂の楽しみ方のこと。ハードな人生ほど燃える。(萌える?)

例えば、怒りという感情も、実は自身を守るためにあると○さんは言う。怒りは情熱に変換され、行動する力にもなる。人生を切り開けば、よりバリエーションは豊かになる。可能性が広がって、学びも豊富になっていく。宇宙クラウドが充実していく······
○さんは、感情を感じるワークをする時に、どんなネガティブな感情にも感謝の言葉をかけるそうだ。

覚醒してしまい、どんな現実が起きても、中庸でいられるようになったら?本当に人生の目的は、覚醒で良かったのだろうか。

感情を波立たせることも無くなり、まわりはいい人ばかりで、知りたいことはすべて分かっていて、欲しいものは願ったらすぐに目の前に現れる。人とのコミュニケーションはテレパシーなので、嘘偽りは通用せず、誤解なども発生しない。まるごと、ありのまま、理解し合えるようになる。まるで天国。絵に描いたような幸せ。私たちのアセンション先である五次元は、このような穏やかな世界であるらしい。すべての存在が癒されているので、「癒し」というワードは死語になるだろうし、医師、ヒーラー等のセラピストは職を失うだろう。

覚醒したら、もうゲームの仕組みを解いたことになるので、私たちは三次元世界を卒業することになる。肉体のまま五次元世界に移行するのか、魂の故郷(もっと高次元)に戻るのかは、魂の意志だ。ハイアーセルフから「ゲームクリアしたから、そろそろこちらに戻っていらっしゃい。」と手招きされてしまう。

修行好きとは、地球人生ゲームを心底気に入ってしまい、ナイトメアモードをめちゃくちゃ楽しんでいる魂のことなのだ。

○さんは、地球人生は、ミラーボールのようだと表現した。

キラキラ光りながら回転する。それぞれの面はちょっとずつ角度が違う。光が当たる面もあれば影になる面もあり、キラキラは、目まぐるしく移動する。だからこそ、端から見ると美しい。
光と影のたった二面だけだったら、つまらない。立体的だから、面白い。

ああ、ミラーボールか。なるほどなあ。その微妙に角度のついた小さな一面が私の今世であり、光ったり、闇に包まれたりしている。(現実の移り変わりに一喜一憂している。)でも、全体を離れたところから見ると、すべての存在の生が、一体となりまばゆく輝きながら回転している(循環している。)だから、こんなにも美しいんだ。

多様性は循環だ、という話から、微生物の話になり、常在菌と免疫、腸内細菌の世界も宇宙フラクタル。日和見菌と現代社会の傾向の共通点など、おそらく菌の話題だけで一時間は盛り上がった。私は、微生物は地球からの愛の具現化だと思っている。彼らがいなくなると、地球の生物は死滅する。共生共存にもっと目を向けていきたい。ちょっとズボラなお母さんに育てられた子どもほど逞しく成長するということとか。(除菌は、体を弱らせる。)

たくさん話して、話題が尽きずに時間となりお開きとなった。宇宙会議は、疲れない。とても癒され浄化され、引き上げられる。まるで、シャンティマントラを聴いた時みたい。

シャンティマントラを聴いた時、○さんは懐かしさを感じ涙を流したそうだ。私も魂の記憶に刻まれたエネルギーを感じる。シャンティマントラは、魂の故郷のエネルギーなので、ホームシックを感じるのかもしれない。好きで地球に来て遊んでいるのにね。どんなに公園で夢中で遊び回っても、夕方にはお母さんの待つ家に帰りたくなる、あの心境に似ているかも。

○さんと話して、再確認したことは、生きる目的を覚醒や悟りにしてしまうことは無意味ということ。一生懸命本を読んで、知識を増やしても、ただ知識を披露することに何の意味も無い。体験を通し、自らの力で発見した気付きこそが宇宙へ持ち帰れる宝となる。本や人生の先輩からのアドバイスは、気付きを得やすくするためのスパイスになるかもしれないが、自分の体験が何よりも大切。

私たちは、わざわざ、不自由な肉体に入り、不自由な言葉を拠り所に制限だらけの五感を使い、世界のたった5%を真実だと思い込み、二元化をテーマにしたストーリーを体験している。高次元では味わえない世界だ。これは、貴重。魂は、わざわざ次元を下げてやってきた。楽しむために。

だから、目の前に起こることや湧き上がる感情を心を込めて、しっかりと味わえばいい。体験を可能にしてくれる肉体に感謝して進めばいい。

何をしても、しなくても、私たちは愛されているのだから。

締めくくりに、○さんは言った。
「人間って、可愛いよね。」
私も同感だった。
宇宙会議のおかげで、つい宇宙人目線になってしまったが、この6時間に及ぶ会議で、私は不自由な人間であるからこそ、愛おしいと感じるようになっていた。
「これを、慈愛と言うんだと思うよ。」○さんは、最後に教えてくれた。

そういえば
宇宙会議前に引いたオラクルカードの中の一枚にLOVEのカードがあった。
うわ~。こんなに壮大な愛のメッセージだったんだなあ。

宇宙双子に出会わなければ到達できなかった気付きと学び。この喜びの循環がどんどん広がって、世界が慈愛に満ちていきますように。

○さん、ありがとうございました!
お体を壊さないようにしながら、修行(ナイトメアモード)楽しんでくださいね。



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