アルジュナの苦悩

 「私は、かつてこの国に起きたクル·クシェートラの戦いで、同じくこの世の不条理に、はるかに巨大なスケールで苦悩したアルジュナのことを想った。

(中略)

この相対的な世界に生きる者の営みは、あらゆる局面で二元的である。そこには、理性と感性の対立がある。物質性と精神性の、善と悪のせめぎあいがある。喜びは苦しみに伴われ、楽しみは悲しみに伴われやって来る。「わたしが」「わたしのもの」と思った次の瞬間には、すでにそれらは自分の手からすり抜けている。それがまさに、相対的ということの意味なのである。

(中略)

それに対して、当時生きていた神の化身、クリシュナは、生命本来の一元性を説く。善と悪、喜びと悲しみ、生きることと死ぬことは、同じことの二通りの顕れでしかない。心と体もまた、唯一実存の別々の顕れにすぎない。そして、実存は永遠にして不滅の一者であることを説くのである。

『これらの肉体には終わりがあるといわれるが、肉体に宿るものは永遠にして不滅、無限である』

『それは決して、生まれることもなければ死ぬこともない。かつて存在を始めたこともなければ、これからを終えることもない。』

『二元性に捕らわれず、常に純粋性にととまり、また所有に捕らわれず、真我を保つのだ』

『執着を捨て、成功や失敗の中にも平静を保ち、ヨーガに根差して諸々の行為をなすがよい』

(『』は、バガヴァッド·ギーターより)

ここに、ヨーガ(合一)に根差してとは、神との合一においてという意味である。二つに見えるものはすべて、幻にすぎない、それは、生命の本質を見誤らせる。この世界には、たった一つのものしかない。時には神と表現され、時には真我と表現される、ただ一つのもの。それこそが本当の自分であることに気づくよう、クリシュナはアルジュナに促す。

そして、その本当の自分は、肉体が生まれる前から存在し、肉体が滅んだ後も存在をつづける。

この、生命の真実味を理解した人は、行動の果実ではなく、行動そのもののために行動する。なぜなら彼は、行動の結果のような、自分以外のものに拠り所を求める必要がないからである。こうしてひとは、こころに絶対の平安を確立することができる。

『行動の結果のために生きてはならない。また無活動に捕らわれてもならない』

『哀れむべきは、(行動の)結果のために生きる者』

哀れむべきは、実存と仮象とを混同したまま行動する者だと、クリシュナは言う。行動の成果は仮の現象であり、行動の主体こそが実存である。その二つを混同し、行動の果実を追い求める心の作用が、欲望ないし執着と呼ばれる。

執着に捕らわれた人は、実存を忘れる。そこには、必然的に恐れや怒りが生じ、平安が失われる。

『執着と恐れ、怒りを去り、わたしに憩い、わたしに助けを求める者。英知の炎で清められた多くの者が、実に私の存在に到達した』

『いずれの道を通ろうと、ひとがわたしのもとへ近づけば、わたしはそれに相応しい恵みを与える』

『恩寵の中で、ひとのあらゆる苦しみは、終わりをつげる』

(中略)

彼女に花を買ったのは、実際、その一本が最後となった。だが、そのような人生の営みも、奇跡も、自然の神秘も、すべては神の計らい『サンカルパ(意思)』の成せる業という。その意思は私に、もはや悲しむ必要のないこと、ひとはもともと苦しむべきものではないことを告げていた。」


『サンカルパ  人の誇りと生と死と』

青山圭秀  著

三五館 出版

139~143頁より


では、なかなか恐れを手放せない人は、どうすればよいのか。


映画監督の白鳥哲さんと、はせくらみゆきさんの対談から紹介する。

「まずは、その怖いという感情を受け容れるところからスタートすることですね。

するとそこから、エネルギーが変わり始めます。

私はよく、受け容れられないことを受け容れよう  と言います。

自分が思わず避けてしまうものほど、受け容れてみると楽になるよ。

その、自分は受け容れられないという事実も受け容れてみようと。

そうすることで、感受性が変化していくのです。

私自身、自分の内なる叡智と呼んでいるものと会話する中で、受け容れられない概念や出来事というのは、自らの深いところで仕組まれた、学ぶべき授業だと言われました。

例えば、誠実でない人に出会ったとします。

その人に騙されたり、振り回されたりして、ひどく傷つきます。

でもその出来事を通して、誠実さとは何かというレッスンを受けるために、わざわざその人が嘘をついてくれたと捉えることもできます。

悔しいかもしれません。相手が憎いかもしれません。

けれども、そんな体験劇場の中でしっかり痛みを感じ、学び、受けとることによって次の地平が見えるのであれば、その経験は実は宝だったということになりますね。

もし、私がこれを当たり前のように、表面的な言葉として言えば、おそらく相手は不快になるでしょう。

そして、口でいうのは簡単だと反論したくなるでしょうね。

しかし、本当に自分も体験した痛みを理解しているうえで、

あなたはそれをクリアする力があるから大丈夫だよ

と言うのであれば、受け取り方はまったく違うものになりますよね。」


『魂の約束』白鳥哲 はせくらみゆき 著

明窓出版84~85頁より


また、白鳥さんは

「反応即感謝」を実践されながら、多くの気づきを得ていらっしゃるようです。

はせくらさんは

いま、ここに あることを大切にされ

呼吸や瞑想を勧められています。

素直であることも、直に宇宙源のエネルギーの恩恵を受けるポイントだそうです。

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