逆風への対処法

 「ネガティブな出来事が起こった時は、どうしたらいい?

理想は、落ちるも上がるも(順風も逆風も)自然の摂理で、その状態を「観ている私」であるということです。

もちろん感情はアップダウンを繰り返すでしょうが、そもそもあなたは感情そのものではなく、感情はあなたといういのちに付属している、オプションのようなものです。

実は、感情の正体とは。感情=神情なのです。

神とも呼ばれる「いのち」の座が、あなたというセンサーを通して、さまざまなエネルギーの質ー情報を、感情をもってデータ収集、入力している状態のことだったのです。

「状態」ですから、常に動きますし、嬉しいとか悲しいとか怒るなどの、さまざまな波の質ー波形や波長、振動数、周期があります。

ですので、たとえば怒ってはいけないとか、感情が揺らいではいけないとか、そんな陳腐な話ではなく、ただ、感情は感情としての、お仕事を果たしたいように果たしているということでもあるのです。

こうして、その人の心模様を通して、全宇宙と繋がっている「いのち」は、感情体験という経験値を通して、情報のアップデートをはかり、ますます豊かでバラエティに富んだ、宇宙を創造し続けるのです。

つまり、あなたの感情は、そのまま宇宙の創造、アップデートに寄与している、ということでもあったのですね。」

『バラダイムシフトを超えて』はせくらみゆき著 徳間書店発行 183~184頁より

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

いつも、穏やかで、平和で、調和していたい。きっと誰もが願っている。私も、心から希望している。

起きる出来事は、良いも悪いもない。ただ、顕在意識が、自分にとって良いか悪いかを判断して、それに見合う感情を選択している。

コロナ騒動ひとつを取っても、世の中の反応は様々だろう。

恐怖におののき、以前より苦しい生き方になったと感じる人々

感染症の影響をまったく受けず、かえってその現実を自身の進化に役立てて、感謝すらしている人々

メディア情報を鵜呑みにし、感情を操作されていることに気づかず、流されている人々

国が悪い、政府が悪い、ウィルスが悪い、こうなったのも、ああなったのも、○○が悪い。と、犯人探しに明け暮れる人々

現実に、光の側面を見出だし、感謝しながら生き、それをチャンスに、本来の自分が求める生き方にシフトしていく人々

同じ現象が起きているのに、捉え方は様々。だから、現実は自分が創造しているというのは、何となく頷ける。

宇宙的な見方をすると、この世界は、平行現実がいくつもあり、その時々で、自分が発する周波数に合った現実にシフトしているとか。

だから、自分を整え、穏やかな周波数を維持していれば、穏やかな現実に生きるし

不平不満だらけであれば、不平不満を感じたくなる現実に見舞われる。

「今、ここ」が大切ですよ。と頻繁に言われるのは、今の自分の周波数が近い未来を創造するからだ。

ただ、分かってはいても、感情をコントロールするのは難しい。困難なことが起きれば、右往左往するし、ネガティブな感情はどうしても沸き起こる。

バイオリズムも関係するだろう。体調も精神も、波がある。エネルギー満ち溢れるアクティブな時期や、エネルギーが沈静化し、内観する時期を繰り返す。インプットがなければ、アウトプットを続けることもできない。

ネガティブであろうと、沸き上がった感情は、味わってよいのだ。情報をアップデートしていて、宇宙に貢献しているのだと思うと、肩に入った力がスウッと抜ける気がする。感情は、豊かな世界を創造している。そんな見方をすると、すべての感情が愛おしく、輝いて見えてくる。

だから、ネガティブな感情を選択している自分をそのまま受け入れたい。選択した感情を感じ切ることを許してあげよう。周りにいる人々にも、ネガティブにドップリはまっていたとしても、「あなたは今、その感情を選択し味わっているのですね。」という気持ちでそっと見守ろう。

そこからどんな豊かな現実が創造されるかは、神意識から観ないと理解できない。善悪で判断してしまう顕在意識では、うかがい知ることのない領域だ。

逆風への対処法として、もうひとつお薦めしたい。

困難な出来事が起きた時

「さあ、面白くなってきた!」と呟くこと。

今までは、反応の自動操縦により、悲観の感情に流されていっただろうが、この呟きを口にするだけで、前向きな反応に切り替わる。

どんな出来事も、光と闇の面がある。どちらにフォーカスしていけば、自分が心地よいか。それにより、平行現実はシフトする。

たとえば、癌になったとして

悲観してばかりいて、元気を無くしていくか

それを転機に、本来の自分と対話し、生き方や思考を変化させ、残りの人生を生き生きと送るか

どちらの世界も選択次第ということ。前者は、癌を恨み、後者は癌に感謝する感情を持つ。

(肉体は必ず死ぬ。命の長さは良い悪いで判断できない。その人が満足して生きたかどうかではないだろうか。)

どちらが良い悪いではなく、自分が味わいたい感情を選択しているだけ。映画だって、ロマンスがいいか、オカルトがいいか。人それぞれ。いろんなジャンルがあるから映画の世界は豊かで、「面白い!」

現実は、幻想だと言う。スクリーンに投映された映像に没頭しているのが、今の私たちの真実の姿である。

本来の自分は、その映像から離れて観照している存在だ。その存在を「真我」「本質」「内なる神」など、様々に表現されている。

神は、私たちの内に存在し、微笑んで見守っている。その存在を微かにでも感じて生きるならば

「面白くなってきた!これからどんな体験ができるんだろう。どんな感情を味わえるんだろう。どんな成長につながるんだろう。」これが本質の私の本音である。


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